2020年6月9日火曜日

サスティナブルな革命について

みなさんこんにちは『空の下』です。
大変お待たせしました。本日より小夏の出荷を始めます。
お陰様でたくさんのご注文をいただいております。
ありがとうございます。



小夏は冷蔵庫で冷やして食べると甘みが増しますので、
是非冷やしてお召し上がり下さい。
今の所、小夏は無施肥で十分に育つという実感を得ています。
年数を重ねることでどのように変化するのかは未知ですが、
今後も無施肥栽培を継続します。

みなさんもお気づきの事と思いますが『空の下』では、
お届荷の中に納品書やチラシ等は入れていません。
たまーに入れる時はあるのですが、基本入れていないんです。
これには私に考えがあって敢えて入れていないのですが、
どうやらチラシ等を入れて欲しい方がいらっしゃるようで、
少し考え方を変えようと思っています。

私個人的にはネット通販を利用する場合、
同梱されているチラシを見ることはありません。
自動的にゴミ箱に行くことが多いんですよね。

「まったくゴミ増えるだけじゃん」といつも思う(笑)

チラシにはコストもかかるし、直ぐにゴミ箱に行くチラシに
コストかける意味ある?と思っちゃうんです。

とは言え、中に何も入っていない事に寂しさを感じる方もいるようで、、
それ以外にもペラ情報が欲しいという方もいるんですよね。

そこで私は考えました。

チラシを入れるなら、

・しっかりと取っておきたい内容にすること。
・印刷インク等も環境に配慮した物を選ぶこと。
・読み物としてチラシを入れるので有料にすること。
・PDFでダウンロード可能にすること

ということです。


実際、チラシ等については、欲しい人もいれば欲しくない人も
いるのだと思うので、一律な想定のもとで、
全ての荷物にチラシを入れるのではなく、
多様なニーズに応えていきたいと思います。

内容がしっかり固まるまでは、お家プリンターで印刷しますが、
内容が固まり次第、VOCFREEなインキで印刷します。

最近、私は以前よりも強く思うことがあります。
それは、革命的取り組みの構図についてです。

「革命」というと大そうな響きですが、現実的に日本では
オーガニック農作物の普及や環境に配慮した取り組みは革命的です。
強い意志をもち、敢えてそれを選択しなければならない物事です。

革命というと、大きな渦とか、反体制デモとか、
戦うイメージを持たれる方が多いと思います。
実際に過去の歴史における革命には血がつきものだったと思う。
しかし、これからの革命はそのような流血を伴うものではない、、
というか、流血を伴った先の革命は持続不可能な革命なのだと考えるのです。
どういう意味がというと、必要としあうネットワークの広がりが暮らしであり、
暮らしの連なりが世界であるからです。

みなさんはどのような世界で暮らしたいと思いますか?

私は、連なる山の稜線と、
海は生きている事を教えてくれる波の音、
目に気持ち良い青い海、
鳥をはじめとする山に住む生き物の声。。。

新鮮な魚を食べたり、素足で田畑を歩くことが出来たり、
路地で野菜を育てる、そんな暮らしがしたいと思っています。

とてもリラックスできて、生きる事を楽しむ暮らしです。

私がこの暮らしを継続したいと思えば、当然自然に配慮する必要があるんです。
美しいものが美しいままであり続ける為には、汚してはいけないんです。
当たり前のことですよね。ですから、その当たり前をするということ、
これでしか革命はなし得ないのだと再認識したんです。

私にこのような再認をくれた会社があります。
それは『株式会社きじま』横浜で日本食のお店を経営されている会社です。


何が凄いって、これだけの店舗数でここまで環境に配慮した
取り組みをしているところがすごいんです。
本当に鳥肌もんの凄さです。

私は生姜を育てるところから販売までを全て自分でしています。
もちろん営業も自分でします。営業先は様々で、小売店から個人・
チェーンレストラン、学校給食、食品製造業まで、
電話やメールで営業するのですが、通常多くの飲食店や
食品製造業者や学校給食では採用してもらえません。

不採用になる理由として、そもそも農薬や化学肥料への認識に
乏しいという点はありますが、結論価格なんですよね。
コストが合わないから。仮に自然栽培がいいと分かっていた
としてもコスト高だから採用しないという選択をするんです。
何とかして採用しようとの努力はしません。

分かりますよね。みんなそうではないですか。。
『空の下』もそうですよ、、生分解性プラとか使えないし、
印刷もそうです。

でも、『株式会社きじま』はちゃんと向き合って努力している企業なんです。
なぜそこまでサスティナブルな取り組みに尽力するのかについて、
『株式会社きじま』では海への感謝を軸とされています。
非常にシンプルな論理展開をされていて、これにも大変感銘を受けました。

「海があってこその店だから、海がずっと健康でいられるように自分達も努力します」

全く難しくない、しかも、真に真っ当な事を言っているんです。

是非、みなさん、機会あれば『きじま』に食べに行って見てください。
私も必ず行きます!!

今、私は今年作ったキャンプサイトでこのメルマガを書いています。



目の前に広がる太平洋と山並み。本当に気持ち良いです。
日々、この海の恩恵を受けています。

私は思いました。一個人や一企業がサスティナブルを訴えたり、
そのボリュームを上げて行く事だけに力を注ぐより、
当たり前に使う物のチョイス、ひいてはその繋がりの数を増やす事が革命なのだと。
互いに生かし合う繋がりです。搾取の繋がりではなく、生かし合う繋がりが
サスティナブルの本質なのだという事です。

現在、『空の下』の生姜をお取り扱い頂いている小売店や飲食店さんは、
どこも惚れ惚れするほど素晴らしい理念や考えを持っている方々ばかりです。
先ずは、このような方々とご縁を得られていることが『空の下』の自慢です。

ぶっちゃけ「こんなに高いのに買ってくれるってマジで感謝」と
一消費者榊原留美子は思います。と同時に、空の下榊原留美子は思うのです。

「価格に見合った価値を提供すること、そして、
今以上に柔軟になれるよう努力します。」

本当にいつもありがとうございます。



冷凍生姜餃子を『食べチョク』に出品しました。

現在サイトごとに価格が違います。只今サイト調整中です。
とりあえず全体比較で使いやすいところからご購入ください(ペコリ)

冷凍生姜餃子『base』

ふるさと納税返礼品にも登録しています。

まだまだな『空の下』ですが、一歩一歩確実に実行していきていと思います。
今後とも『空の下』をどうぞよろしくお願い致します。



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2019年12月29日日曜日

お店はあることが大事でお店のあり方はアートで暮らしにアートは必要だ。

そこにお店があるから始まる世界がある。
そこにお店があるから、たまたまそこを通りかかった人が立ち止まる。
そこにお店がなかったら決してその人は立ち止まらない。
そういう人が何人かいて、そんな日が何日か続いて、そんな月日が流れたら、
それだけで新たな世界ができるのだと、そんなこと考え出してから
9年後に此処にお店が現れた。

今の日本には、意味のない場所が必要だと思う。
意味ある存在だらけの窮屈なマチ。
 街でも町でも村でも世界でもなんでもいいんだけど、
 意味で埋め尽くされている世界って基本窮屈じゃない?
 想いはあるけど意味がない空間の方がリラックスできる。
それは、森だったり、海だったり、より自然に近い存在のほうが
無意味な空間の構成要素としては長けていると思う。

 「空の下のキッチンカー〜海辺の村編〜」がある場所は、
一見すると、「こんな場所で 店をやってどーすんじゃい!」
ってところで、意味の無さは抜群。 何もないわけ。
何もないから、此処に何があるのかを知りたい気持ちになって、
あるものを浮き上がらせて物体化したいという好奇心が湧いてくる。


「空の下のキッチンカー〜海辺の村編〜」オープン二日目 。
オープン早々に通勤路の途中だという若者がコーヒーと生姜紅茶を買ってくれた。
 その後、地元でこじゃんとお世話になっている地主さんがご来店。
そのあとで、お墓参りで帰省したご夫婦が

 「とうとうこんなところにお店ができたわ🎶」

と喜んでオーギョーチの生姜シロップかけと生姜紅茶をご購入。
椅子に座ってアレコレお話してとても楽しかったです。

そして、そろそろ店じまいかという時に、これまたこじゃんと
世話になっている 里親(笑)的な人がご来店。

「榊原さんが此処で店やってるから寄っちゃってや言われて来てみたら、
あんた、こういう風に車を置かな分からんで、こう置きなさいや。
そしたら道からも分かるきーこれじゃー何やってるか分からんきー」

 とアドバイス。本当によくしてもらっています。

 昨日は昨日で、

「これじゃー何してるか分からん、のぼりを立てなイカん、
うちにあるのぼり持って来ちゃろ」

 とのぼりを持ってきてくれました(笑)


 「全く関係ないのぼりだけど、目立ったほうがえいろ(笑」
 ありがてーーーーー(笑笑)  おかげさまで、ピロピロお客様が来てくれました。

自治体とか、市町村とか、会社とか、そういう括りで世の中見てると、
分からない宇宙が、この世界にはたくさんあるんだ。
常に意味と無意味のバランスを取りながら 時間の上を流れて行く。
そして、様々な不確定要素によって未来は創られるのです。

 お店はあることが大事でお店のあり方はアートで暮らしにアートは必要だ。




2019年4月15日月曜日

台湾ローカル旅〜生姜を求めて〜part3

4月10日成田着

旅の続きを書きますね。

4月8日、いよいよこの日、台湾の生姜農家を訪ねて行くことになりました。
しかし、その前にお金が足りなくなりそう。。いや、間違いなく足りなくなる。
両替をしに、宿の隣の郵便局に行ったところ、ここでは両替をしていないとの事。
バスで12kも離れた「果菜市場」というところにある郵便局なら両替ができるとの事で、朝から両替をしに行くことになりました。

宿の店主にバス乗り場を教えてもらい、下車したバス停からはグーグルマップですんなり郵便局へたどり着きまして、一先ずホッ。

余分に両替しとけば良かったんですけど、なんせ貧乏旅行なので、無駄にお金使いたくなかったんですよ。


両替をした郵便局。整理券をとって順番待ち。日本と同じシステムなんです。中国語の数字を覚えるのに最適だと思った。やはり、生活の場にリアルな学びがあるなー。


台湾のローカルエリアのいつもの風景。
寂れた街並みだが、人は結構いました。



ベジ春巻。


40元だったかな。。


すんなり両替ができたもんだから、ちょっと街を散策。。で、帰ろうと思ったら、バス停が見当たらない。着いたバス停の反対側にあるだろうと思っていたんだけど、バス停らしきものがない。

梅山への方向はわかっているから、とりあえず歩くか。。。。だが、いくら歩いてもない。それで、人を見つけてはバス停の場所を聞くのだけど、方向だけは教えてくれるけど、bus stopが見当たらない。そんなこんなで、しばラーーーーーく歩いていると、不図目に付く標識のようなものがあって、

「もしかして、これがバス停なのかな・・」

しかし、時刻表も何もなく、少し悩んだ末に、もう少し歩くことに。
その標識らしきものには「9」と表示されていました。

そして、次に「10」が現れてので、

「やはり、これか」

と、そのシンプルすぎる標識らしきものをよくよく見てみると、小さく「公路」のマークが。そうでしたこれでした。私の頭の中には、如何にもそれらしきバス停をイメージしていたので、通り過ぎてしまっていたんですよね。このバス停は、知らないと分からないわ。

台湾のバス停は、バス停に立っていても止まってくれませんので、乗るバスがきたら、手をあげないとダメなんですよ。通り過ぎちゃうのよ。そのことは、あらかじめ「地球の歩き方」を読んで知っていたので、待つこと數十分。バスが見えたところで手を上げて、無事に乗ることが出来ました。

私が両替をしている間、コンサルおだたは、梅山の食堂に出かけておりました。すると、梅山初日にホテルに連れて行ってくれたおばさんに再び再会したそうで、

「どうした、農家に行ったか」

という話に。

「今日行くんだ」

と告げると、バス停から遠いいから、タクシーで行った方がいいと、例のごとく、あれこれ手配をしてくれたそうで、

「往復とその間一時間の待ち時間を合わせて、1200元で行ってくれるタクシーがあるから、それで行こうよ」

とコンサルおだたから、移動中の私にメッセがありました。

しかし、この金欠、ギリしか両替をしていない私的には、「1200元(約4500円)も出せないよ」というのもあったし、それ以上に、滞在時間を一時間と決めて行くことや、帰りの約束まですることに、不安があったんですよね。だって、どんな流れになるか分からないのが旅だし、どんな思わぬラッキーが舞い込んでくるか分からないでしょ。

ということで、バスで行くことにしたんだけど、これが、まー困ったことになっちゃってね。簡単にいうと、圃場の近くまで行くには、バスを乗り継がないといけなかったのね。
で、乗り継ぎの為のバス停についた時には、次に乗るバスがなくて、「オーマイガーーーーー」

ところが、ここで再び女神が現れまして、私が控えていたファーマーの電話番号に電話をしてくれましてね。

「本人は今忙しくて動けないから、お兄さんに電話してくれって」

と、お兄さんに電話してくれまして、結果、圃場近くの派出所まで迎えに来てくれることになったのです。

その女神は、私たちをタクシーの運ちゃんのところまで連れて行ってくれまして、運ちゃんにあれこれ状況を説明。運ちゃんは私たちを目的地である、竹崎郷に運んでくれました。

そして、目的地そばに来た時に、青いトラックの姿が。運ちゃんが道中、ファーマーと連絡をとってくれてたんですね。

「トラックについてこい」

ということで、ついた先にありましたーーーー。
まさに今、収穫最中!!




私すんごく嬉しくて、一気にテンション上がりました!!
そして、私も一緒に、台湾で収穫したくて、台湾で生姜を収穫しているおばちゃん達と一緒に働きたくて、おばちゃんに

「私もやらせてもらえますか?私生姜農家なんです」
と言ったところ、ハサミも貸してくれて、少しだけだけど一緒に仕事をすることが出来ました。すごく嬉しかったです。

高知県に移住して、まさか自分が生姜を作ることになるとは思っていなかったけど、その先で、台湾で生姜の収穫シーンに自分が存在できるなんて、更に思ってもいなかったから、ひたすら感激、チョーハッピー。




私がはしゃいで生姜を収穫している間に、コンサルおだたは、取引先とか、価格とか聞いてたみたい。で、「タクシーの運ちゃんもいるし、そろそろ行こうや」
とコンサルおだた。「うちに来いよ」とファーマーのおじさんが言ってくれて、「行く行く!!」ということで、ファーマーの家に行くことになりました。



台湾の新生姜。圃場の直ぐ傍に洗浄場があり、洗ってからダンボールに詰めてトラックで出荷していました。台湾国内の会社に下ろして入りそうです。



ここから先の写真がないの。とっておけばよかったな。
ファーマー宅には、息子さんが案内してくださいました。彼は、2017年に半年間だけ千葉県にいたことがあるそうで、片言の日本語が話せす人でした。会話は、漢字を書いて成立する感じ。彼もまた日本大好きなんですって。釣りが大好きということで、高知にも来てください、、と住所交換をして、fbフレンドになりました。

台湾には、大きく三箇所の生姜の産地があるそうです。
竹崎郷は、新生姜の産地で4、5月が収穫期。15ヘクタールを一軒の農家が栽培管理しているそうです。かなり大きな農家なのね。

6月から10月に収穫する生姜(囲い生や種生姜にする生姜)南投県と台中県が産地。15ヘクタールを8農家で栽培しているとか。南投県と台中県は約1300mの山の上なんだそうです。理由は、竹崎郷は暖かいので囲いまで育てられなくて、南投と台中は寒いから長くおけるのだそうです。日本と理屈が逆なんですね。基本、台湾は暖かいので、こういう理屈になるわけです。

農薬は虫対策で使うそうです。

「無農薬で生姜を作っている人はいませんか?」

と聞いたところ、いないとの事、理由は、資本がかかるとの事でした。要は難しいのね。多分、市場もないのだと思います。

台湾の新生姜の取引価格を聞いたところ、毎日変動することが前提で、A品60元、B品50元とだそうです。仕事で加工品は作っていないけど、家では日本のガリと同じ物をお母さんが作っていると言っていました。

現在、台湾では数年前からオーガニックが少しづつ増えているとの事。スーパーでもオーガニックの豆腐やりんごジュースが売られていました。価格は日本と同じくらいかな。





加速しない理由は、やはり市場だと思います。

なんだかんだで、長居させてもらいました。話をしている間、お茶を出してくださったり、自分の家で育てたプチトマトやスイカを出してくださったり、帰りには、バナナのお土産までいただいて、農業が盛んなエリアであるとは聞いていたけど、果物から野菜まで、大変豊かなエリアだと思いました。

突然の訪問にも関わらず、暗くなるまで話をさせいただいて、帰りは、梅山の宿まで車で送ってくれました。すごく助かっちゃいました。写真をとっとけばよかったなー。

生姜農家の彼に私たちが、

「台湾の人はとても親切ですね。」

というと、そうでもないよと言います。私たちがお客さんだからだよってね。
それ分かる。日本もそうだもん。お客様には親切だけど、住み着くと色々ある。
何処も同じだよね。でもね、それでも、今回、私たちが台湾で出会った人たちは、もんの凄く親切だった。それはもしかしたら、田舎だったからかもしれないと、台北に戻って来てから思ったんだよね。

都会は何処も大差ないなって。均一っていうか、人混みと空気の悪さ。台北にいる必要はないなって思っちゃった。

帰りの便が深夜の1:55の便だったから、台湾のデパ地下(三越)で、残り僅かな台湾ドルで食料を調達。空港内で食べても美味しくないことは分かっていたから。




因みに、梅山ではパイナップル一個12元、バナナは0円(←買ってないから値段が分からない。食堂やファーマーがくれた、ねっとりとした完熟のバナナ)、端芳の露店でマンゴーは50元から70元でした。

斗六から台北までは、台轍で407元。
台北からMRTで桃園空港へ。片道150元



MRTのチケットは紫色のプラスチックコイン。ICチップが埋め込まれていて、タッチでゲートを通過して、出るときは、ゲートで回収。リユース。


竹崎郷から梅山に帰って来たその夜。
いつものように食堂へ夕飯を食べに行きました。
この日は平日だったので、娘さんはいなくて、しかし、その弟さんがお店にいたんです。

この方、檄、檄日本大好きボーイでして、

「私、日本大好き!!板橋に住んでいました。日本一番!中国はダメね。台湾と中国は全然違います。」

既に台南に帰っているお姉さんに電話をして、繋いでくれて、電話であれこれ話をして、本当にLOVE JAPAN全開です(笑)もう、言葉では言い表せないくらいLOVEなんですよ。

私たちも、梅山にこの食堂があった事で、なんというか、台湾に来たら絶対にここに来るだろう。。というより、ここに来るために台湾に来てしまうのではないか。。という感じ。家族とか親戚みたいな近い感じ。

この食堂、梅山でも群を抜いて流行ってる食堂なんです。
私たちが夕飯を食べたこの日も、引っ切り無しにお客さんが来るの。

台湾は外食文化なのですかね。物価全般は特に安いという事はないのだけれど、食事は安い。安いから外食できるのか、外食文化だから安いのか。。卵が先か鶏が先かみたいな話はちょっと置いといて、一見寂れた街でも、そこではローカルマーケットが成り立っているんですよね。暮らしと商店が一体となってる。
私は改めて、小さなサークルで循環する、経済の最適解がここにあると思いました。

今回の台湾の旅。台湾と言えば民主化ですよね。
日本の統治時代を経て、中国に戻り、しかし、共産党支配を拒否って民主主義の流れにある。私は少し前から、台湾と日本の国交に興味があって、本を読んでいました。台湾と日本は民間レベルで特別な関係にあるんですよね。国家主導というよりも、人と人との交流が深いんです。

台湾の民主化の父と言われる季登輝もその例外では無いようです。
日本統治下での事ですが、彼は日本の文化や教育のお陰で今の自分があると言っています。どのような教育であったかというと、自分の考えをしっかり言う、勤勉で、公につくすと言う教えであったと言っています。季登輝はこの教えを貫いて、戦後の台湾の民主化を成し遂げたのです。

近年、季登輝は訪台した高校生に向けてこう言っています。

「君たちは先人が行った日本の歴史に自信を持ちなさい。そして、日本人の良き精神性をしっかり継承していきなさい」

と。

東京に帰ってきてたその日から、新たにやりたいことでスケジュールいっぱいです。
未来を思うと、とてもワクワクします。

1週間ぶりに帰ってきたこの場所は、本当に素晴らしく自然が豊かなところでした。



台湾梅山の高山茶と、成田で買った虎屋の羊羹


梅山の高山茶

翌朝の朝のコーヒー

家庭菜園のカモミール


家庭菜園のパクチー

家庭菜園にかぼちゃや枝豆、人参、春菊、サラダ菜を蒔きました。
花は大根の花。




レモンとレモンの蕾

私は、この場所を次世代農業のプラットホームにしたいです。
そして、農から、暮らしに優しい未来を創っていきたいと思います。
今回、台湾で、であった人たちも招待したいです。

今、私の頭の中には、楽しいことがいっぱい流れています。
全てを実行できるように、今日も明日も農業に専念したいと思います。

また、ブログを更新しますので、これからも空の下の活動に注目してくださいね。

2019年4月9日火曜日

台湾ローカル旅〜生姜を求めて〜 Part2

台北桃園空港で、「台湾ローカル旅」の続きを書いています。

今日(9日)の朝、梅山から斗六へ8時45分のバスで移動。
斗六行きのバス停に着いたと思ったその時、

「豊さん、豊さん」

と、バイクから声をかけられて、見ると梅山で毎日お世話になった食堂の息子さん。

「これ、私のお母さんがお土産。お酒とお茶、お母さんからお土産です」

マジか!!嬉ししすぎるぞ。



梅山で泊ったホテル近くにある食堂。
とっても美味しい食堂で、今回私が食べた台湾料理の中で一番美味しかった食堂です。
だから、梅山にいる間は毎食ここで食べました。
台湾の料理には、ほぼ八角が使われているのですが、この食堂は、八角の使い方の品がいいんですよね。味付けもとても深くあっさりで美味しいの。

この食堂の家族との出会えて、本当に楽しかったです。
この話は、また後でしますね。

さて、「台湾ローカル旅 No.1」からの続きを書きますね。

7日の朝、斗六駅からバスで梅山へ。
梅山へが生姜の産地である事を、とあるブログ(岩下の新生姜のブログ)から知った私は、とりあえず梅山に行けばなんとかなるだろうと思ったんです。

梅山での旅は、それはそれは、スンゴク面白い旅でした。

バスに揺られて一時間半、あるところで一気に街の活気が窓越しに伝わってきたのね、そこが梅山だったの。狭い二車線の道路の両側に所狭しと露店が並んでいて、軽トラの荷台には、筍やら、パイナップルやら、スイカに、なす、人参、青菜、たくさんの野菜が売られていました。もちろん、そこに生姜もあった。

「この生姜はあなたが作ったのですか?」

と適当な英語で聞くんだけど、英語全く通じません。
ひたすら中国語で話が続いたかと思うと、日本語を話せる爺さんが近ずいてきて、流暢な日本語で話しかけてくるんだけど、会話にはならない(笑)
宿を探すも、英語が通じないので、

「困ったなー」

と思ったところに、

「派出所で聞いてみようよ、どうせ暇してるやろ」

とコンサルおだた。

「そうだね」

という事で、目の前にありました派出所へ入りまして、

「is there a hotel here?」

と、派出所の若い警官に聞いたところ、

「あーー、私は知りませんが、今、パソコンで私が探してみます。ちょっと座って待っててください」

と、早々に、目の前のPCで探し初めてくれたんです。

「シェイシェイ、シェイシェイ」

私たちは、ソファーに座って待ったり、話したり、PC除いたり(笑)
そんな事を派出所でしていたら、おばさんが入ってきました。
そのおばさんが誰なのか?私にはわかりませんが、街で暮らしている極普通のおばさんですよ。そのおばさんに、若い警官が、

「この人たちが、この辺りでホテルを探しているんだけど、知らない?」

みたいな事を中国語で聞いてるんですよ。
そしたら、そのおばさんが、

「知ってるわよ、郵便局の隣にあるから連れて行ってあげるわよ」

ということになり、ついでに、

「ジンジャーファーマーに会いたいんだけど知りませんか?」

なんて、コンサルおだたが聞いたところが、

「あーー、探してあげます」

となって、結論、見つかり、警官がファーマーに電話。。中国語での交渉に入り、

「明日、会ってくれるそうです。これ、住所と名前と電話番号」

などなどのお導きがあり、あらあら、これは偉い助かりました(笑)
で、あれこれ一気に決まったところで、

「じゃーホテルに行こうか」

と中国語しか話せないおばちゃんに連れられてホテルへGO.

ところが、ホテルに着いたが開いてない。で、恒例の電話かけ作戦byおばちゃん。
ホテルの中から店主のおばちゃんが出てきて何やら中国語トーク。

「泊まれるよ」という事で、

「how much one night」

1400元との事でしたが、両替したお金の残りが乏しく、値切って1200元で成立。

ホテルまで連れてきてくれたおばちゃん。別れ際に、

「言葉が通じなくて困ったら、派出所に来たらいいから」

と、中国語と身振り手振りで言ってくれました(笑)
*私は中国語は全くわかりませんが、おばちゃんの心の声は聞こえました。

「警官の仕事って、本来こうだよね。困っている人を助けたり、街の暮らしのために仕事するのがあるべき仕事だよね・・・」

と、コンサルおだたと頷きあった次第です。
日本にいると、コンサルおだたは、まーよく警官と揉めてるんですよね。

「警官は使ってなんぼやろ」

これがコンサルおだたの、いわばライフワークの一つな訳ですが、しかしそれにしても、揉める、必ず揉める、日本では90パーセント揉めるんですよ。でも台湾の警官とは一切揉めないどころが「謝謝」の連発(笑)

「今回は揉めなかったね」

と言ったところ、

「私は揉めようと思った事は一度もない、警官を使っているだけだ」

「そうか、そうだね、使っているだけだね、一貫性があるわ。。。日本の警官は使えないから、コンサルおだたは怒るって事だね」

と、なんとも穏やかな会話(笑)
マジで日本の警官使えないもんね・・。

案内されたホテルは、とってもおしゃれで綺麗なホテル




ここに来るまで、移動続きだったので、流石に疲れもピークに達しておりまして、着いたその場でgo to bed。一眠りしたら、調子も回復したので、ご飯を食べに街に出ました。

その食堂が、ここね。



この食堂に入って注文をして程なくしたら、お店の女性が日本語で話かけて来ました。
それは流暢な日本語で、私が注文したものが、この時間はないとの事で、注文を書き換えてくれました。

どうやら店主の娘さんらしく、普段は台南の商社で働いていて、週末だけ手伝いに帰ってくるとか。こんな田舎で、日本語を話す台湾女性。

「なんで日本語が話せるんですか?」

と聞いたところ、学生の時に大阪に留学していたそうなんです。
それで、あれこれ話が盛り上がって、私が生姜農家であることや、梅山が生姜の産地と知って、生姜の畑を探しに来たことを話したところ、

「私のお父さんも少し生姜を作っているので、もし興味があれば後で案内しますよ」

とのこと。行きます行きます連れて行ってくださいな♪

そんな会話をしつつ、料理を食べつつ、梅山はみかんの産地でもあるということで、
みかんは出てくるは、スイカやバナナやパイナップルまでご馳走してくれて謝謝。





 もっと他にも食べたんだけど、写真撮る前に食べちゃった。。というか、ここでも写真撮る気がほとんどナッシング。

食事をしてから、

「時間がある時に、畑に連れて行ってもらえますか?」

と訪ねたところ、早速バイクで連れて行ってくれました。

台湾はバイク文化なんですね。日本と比べて圧倒的にバイクの数が多いです。
お父さんバイクwithコンサルおだた、and 娘さんバイクwith私で、生姜の畑に行きました。


これがお父さんの生姜の畑です。
無農薬、有機栽培だそうです。5月くらいに芽が出る予定だそうで、まだ生姜さんは土の中。米ぬかなんかもふってありました。

バイクでの移動はすんごく気持ちよかったです。台湾の風が心地よかった〜。

この日は、まだ時間に余裕があったので、娘さんのおすすめで、大平という標高1000メートルほどにある茶畑に行ってきました。



一帯が茶畑


この日は曇り空で、眼下に雲がかかっておりましたが、晴れたら気持ち良い景色が広かっているんでしょうね。空気がとても気持ちよくて、ウッドデッキのベンチで一時間半ほど、眠ってしまいました。



大平の老街で囲碁をする男性2人。「can i take a
picture?」と聞いたところ、笑顔で手を振ってくれました。
シャッターチャンスが悪かったね (苦笑)


得体の知れない食べ物が。。。興味しんしんで買ったところ、モチモチの皮に筍の惣菜が餡担っていた、不思議な味の食べ物でした。ここの店は流行ってた。

ここにもfreebogが。自分の足で行きてるな君は。


ということで、空気の良い大平でエネルギーチャージをして、再び梅山の食堂へ。
また、お店の人と会話が弾み、美味しい食事にもあり付いて、コンサルおだたも大満足


いよいよ明日(8日)は生姜農家の生姜畑へ。続きはNo.3で。。







台湾ローカル旅〜生姜を求めて〜 Part1

4月3日から4月10日までの台湾の旅も間も無く終わりです。
今回の旅の目的は、台湾の生姜の畑を見ること。
日々日本いて、様々なシーンで感じるのは、狭くて窮屈で思い価値観や常識。
何かをしようとするとき、必ず通過しなければならないと思わされる何かしらの門があって、その門ばかりが大きく目立っているような日本の社会構造の中にいて、それが重くて嫌になって来てたんですよね。

「私は、多くの人と同じ道を歩くことが出来ない。」
(したくないのではなくて、出来ないんです。本当はしたいんだけど。。苦笑)

これは、多分かなり昔から分かっていたことなんですけど、大人になるにしたがって、一見、それが出来る人になりそうになっていた自分がいて、チョッとその道を齧ってはみたんだけど、やはり、私には無理であることを再認しつつあったんです、この一、二年。
それで、どうにかして、自分をルーティンから脱してあげたかったんですよね。

仕事は好きなんです。生姜を栽培することも、加工品を作ることも、柚子の剪定も草刈りも好きですし、いつも頭の中は、仕事のことか子供と犬のことだけ。

私は、自分の頭の中にある世界が割と好きなので、この頭の世界の延長線上にリアルをシフトする切っ掛けというか、ジャンピングが必要だったんです。

私は、日本で自然栽培で生姜を作り、一生を生き抜くにあたり日々考えるんです。
一個人は何処にいても一個人で有り得る社会。故に一個人がいくつものサークルを連結する役割を担うことが出来る社会。故に平等で軽快で自由な社会。
私は、このような社会構造を、農業という生業から創造したいんです。

今の肥大化した社会構造も、元を辿れば、ある種の職業集団から始まっているんですよね。今の時代はなんでも有りでしょ。一番大事なことは、如何にして余剰時間を作るかなんですよね。日常に埋没しない為に。そして、私が望む未来創造の為に。

今回の台湾の旅。改めて日本という国は、無駄に縛られている社会だと思いました。
何に縛られているのか?それは物であったり、過剰な秩序であったりです。

例えば限られた資金。それを何に使うのか?
見た目をよくする為に、建物を新しくしたり、道をよくしたり?それは悪いことではないけど、その前に人の暮らしの質そのものにお金をかけたほうがいいよね。
それは、教育の質であったり、家族と共に過ごす時間であったり、コミュニティーに費やす時間であったり、物よりも先にお金を注ぐ先があるんじゃないのか?って思う。

台湾に着いて初めて泊った街、端芳(ルイファン)は、建物は古くて街全体は決して綺麗とは言えない、、けれど、同じ時間に、大人も子供も、ジジババも犬も、家電も屋台も露店も混在していて、生活の活気で溢れている街でした。



もっと写真を撮ればよかったんだけど、そこに居る時間を楽しんでたら、撮る暇なかった(笑)子供たちの屈託無い笑顔がとても印象的でした。

二日間を端芳にstay。端芳を拠点に仇份と基隆という観光地に行きました。仇份から1kmほどにある金瓜石は金鉱で栄えた街で日本統治下では、捕虜が過酷な労働を強いられたそうです。今はその集落全体が博物館になっています。

仇份と基隆共に夜市があって、基隆は台湾一の美食夜市と言われているそうですが、私はtoo machでした。もちろん写真とる暇なし(苦笑)




 仇份の山の斜面に連なる住宅街。眼下に太平洋。住宅街の路地の作りが面白かったです。


        金瓜石に住んでる犬。フリーな犬が其処此処にいます。


基隆のバス停近くの港の「なんじゃこれ」感はよかった(笑)



6日の朝、端芳から台轍(電車)で台中へ。台中の駅は近代的で綺麗でした。




台中で食べたランチ。ローカル食堂を見つけることが出来て満足。
食堂はローカルに限ります!



同日、台中から斗六へ。斗六からバスで梅山に行きたかったのですが、斗六についた時にはその日のバスが終了していたので、斗六に泊まることに。



斗六の宿、駅近で古い。土曜日泊で1000元でした。
ブログでは500元って書いてあったから、値切れたかもしれないけど、
激疲れていたので、言い値で泊ってしまった。



斗六の駅近くにある太平老街。日本統治時代に建てられたバロック様式の二階建て建築が600m続く商店街。斗六に着いて時には既にあたりは暗く、これまた写真撮れず、、(っていうか、撮る気があまりないという乙)



夕飯だけはしっかり撮りました(笑)

そして翌日(7日)にやっとこ梅山へ。
梅山での出会いは濃かったです。
続きは、また。