2016年6月2日木曜日

生姜の畑と文旦の山

日々、農作業をしていると、新たな感情や感覚が行き来して、
毎度同じ作業をしているのだけれども、全く飽きることがありません。

近頃の日課は、生姜の畑の草引きと、文旦の山の草刈。。草刈天国で草刈瞑想。

今シーズンに入って、今まで考える事がほぼなかった事を考え出したり、
感じたことのない感じを「じわー~~」と感じたりして心がヒラヒラと舞ったりしたり。。

いくつも感じる事があるんだけど、今日は生姜と文旦の山についてね。

昨シーズンの終わり頃からチョロチョロと考え出していたことなんだけど、
「無肥料栽培について」色々想いを巡らせたりしています。

私の今の考えでは、人口が減っている今の時代だから無肥料で栽培!なんて、
悠長な事を言ってられるのかな?と思ったりしています。

生姜栽培を例に挙げてみますと、生姜は有機無農薬農法でも三年は間をあけて、
連作はしないというのが、一つ定説なんです。
でも、実際にそれを実行した知り合いの話だと、三年では初年度のような収量は
得られないという話。

自然農法の場合は、これまた定説がちがくて、連作OKなんですよ。
でも、実際にそれを実行している友達の収量をみると、とてもじゃないけど
農業で食べていける量は獲得できません。で、この定説は何を重んじているかと言うと、
病気を出さないラインを定義していると考えられます。
要するに、有機肥料を入れるほうが病気のリスクが高まるわけです。

こういった実情がある中、「空の下」ではリスクを負わない農法をとっています。
それが無施肥、無農薬です。
簡単に言うと「自然農法」的な農法で、でも、私的には川口由一さんを師とはしていなくて、
ただ「必要のないものはいれない、、だってお金もかかるし、疲れるから」ということです。
ついでに言いますと、今年の生姜は、圃場に「空の下」の文旦をすき込んでいます。
これについては、「文旦が有ったから」入れました。
販売する前に発酵しだす文旦があって、これをただ捨てるのはもったいないから、
入れたということです。それでも私は「自然農法」と、今のところは言っています。

ここで一つ確認しておきますと、現在法律で規制されている用語は「無農薬、有機栽培」の表示で、
この用語を使っていいのは有機JASの認定農家だけです。
それ以外は、「特別栽培」という規定がありますが、これは任意です。
ちなみに、「特別栽培農産物」は、現在では減農薬だけでなく、無農薬も含まれた名前ですので
ご確認あれ。以前は5割減の農産物のことを言っているのだと思っていたんですが違うんですよ。
しかし、これも任意で自己申請のみです。チャック機関があるわけではないです。
なので、「自然農法」とか「自然栽培」は現在フリーなんですよ。
ただ、個人が勝手に使っているだけの言葉です。

「もっといい言葉ないかなー」

と考えた事もあるのですが、

「まっ、いいか」

と今の時点では思っています。
そんな事よりも、こうやってブログやHPなどで真面目に発信していく方が有効だなって。
そういわけで、「空の下」農法では、連作はNGで、耕作放棄地があるから成り立っている農法なのですよ。空き地を確保する事が必須なんですね。。ここに深ーーく考える点があるんです。

空の下はこの先、何十年も生姜を栽培する予定です。
「自然の力だけで育てましたーー」
なんて、お気楽な事だけ言ってられない現実を目のあたりにする時が来る可能性を見ます。
就農4年目の春でした。

お次は文旦。
今シーズンに入って、始めて楽しさを感じるようになった文旦の山。
毎日少しづつ文旦の山の草刈をしています。
あれこれやることがあるので、少しづつ全部をします。
大体、生姜の草引きが終わったあとの夕方一時間くらいを文旦の草刈に当てているのですが、

「木っていいなー」

って、じわ~と感じるんです。
木って時間的スケールが長いでしょ。
だから、気に囲まれていると安心するんですかね。。
木と私の体内時間が交差する感じがとっても気持ち良いんです。
大きな動物といるみたいな感じです。(勝手にそう思っているだけなんですけどね^^)

実はね、この山、ほんと汚かったの。
空き缶はそこかしこに転がっているし、収穫後に追熟させていたムロには、
ビニールが敷かれていて、汚くて美しくなくて、とっても嫌だったの。

「こんなの綺麗にするなんて無理かも。。」

って、見ただけでゲンナリしていた。
しかも30度?35度くらいある斜面での作業はしんどくて。。トホホ。。だったんだ。

でも、やるしかない!とおもって、少しづつ始めたら、

「できるかも??」

と思えていきてね、そのうちに私が目指している果樹園の風景が見えてきて、
とてもいい気分になってきました今日この頃(^^)
4年目にして実力ついてきてるかも私。。(笑)
草刈結構ちょちょいと出来てるんじゃない。

そんな事で、草刈天国で草刈瞑想な日々の中でね、
「農業」というものを改めて考えるんです。
私は農薬、化学肥料は否定派です。私は使わない。。でもね、
無施肥については、これ現実的ではないと思っています。
「絶対無施肥」
なんて思っていません。
肥料は必要です。。と私は考える。

農業って環境の影響をとても受けるんですよ。
水がなくなれば、これ大損害ですよ。
なのに、戦後の植林で水が枯渇したことを訴える農家はいません。
酪農の影響も受けますよ。だって肥料に畜糞はとても有効なんだから。
でも、今の飼育環境では怖くて使えない。
あと遺伝子組み換え作物ね。植物性の堆肥とか言っても疑ってしまうでしょ。
これら全てが、農業をやりにくいものにしているんですよね。
このあたりを真面目に考えないと、出来上がった品物の評価だけでは厳しいですよ。

こういった事を包括して行く必要があって、農家はもちろんのこと、消費者も

「畜糞使っているなら買いません」

とか、

「遺伝子組み換え作物ではないですか?」

とか、だけではなくて、これら全ては自分の事なのだという意識でいて欲しいと思います。

遺伝子組み換え作物を許すということは、強いては農家に
「その肥料を使っていいですよ」
と言っている事。

そして、原発再稼働を許すということは
「大丈夫、食べて応援しますから」
と言っているという事なんですよ。

チョット厳しいことを言っていますが、でもね、
草刈しながら考えるんですよ。
私は、安心、安全な農作物を作って売り、
そのお金で子供を育てています。
だから、真面目に考えるんです。
理想だけでご飯は食べられません。
理想を現実にする必要があるのです。

このラインをキープしていくには、
長く確かな道のりがあり、これらは個人が作るものではなく、
時代と社会が共に育むものなのです。

 
蜂か風かが受粉してくれて文旦に育つのね。でも、いつまでそれでやり続けられるのだろう。
 
 
 
人が植えた文旦の木が、自然の景色として定着する風景は、とても美しく、
また、素晴らしく豊かな風景なんですよ。