2016年4月18日月曜日

2016年4月18日の空の下

 今日は、隣町から友達が生姜の植え付けのバイトに来てくれました。
彼女は、私よりもウーーーンと前から高知に移住してきていて、
農業を初めていた女性です。
旦那さんは、『刻屋』という屋号で木工家具職人です。

http://kokuya.net/k01-01.html

彼女がアルバイトに来るときに子供がいても、
仕事には全く支障はありません。
だって、彼女は仕事師で、自ら仕事を探して出来る人だし、
子供達もちゃんと自分達で遊ぶから。
なので、『空の下』的には、大歓迎な子供達と、
とても頼りになる母なのです。

この写真、可愛いでしょww。
ダンボールでめっちゃ強そうな人に変身してるしww。




こんな風に仕事をシェアして、それで生活できたらいいな。






ジェット噴射機でコンテナを洗ってくれる長男(小3)

「コンテナ洗ってくれてありがとう」

っていったら、

「楽しかった」

って。

子供はすごいね。。楽しいこと大好き。なんでも遊びにしちゃう。







ほら、こんな感じで、邪魔しない程度にちゃんと遊ぶんだよね。
可愛いね。


本当に素敵な子供達で、
本当に素敵な家族だ。

子供がいて、大人がいて、同じ空間でそれぞれの役割を果たしている。
そんな風景の中で、学ぶものは生き物だよね。

全ての時間から、未来が生産されるんだ。






*刻屋さんは、オーダーで机などいろいろ作ってくれます。
それぞれのライフスタイルにあった次世代に繋がる家具をつくってもらえるといいよね。

2016年4月17日日曜日

2016年4月17日の朝

今朝は、コーヒーを飲みながら目の前の畑を見ていた。
鳥の声と波の音。。目の前の畑には、じゃがいもやら、玉ねぎやら、にんにくににんじん。。
稲の苗もあって、雨上がりの潤った緑豊かな風景の中で、
美味しいコーヒーを飲めるこの時間が、心の底から愛おしく思う。

でも、それと同時に私の心の底から悲しみが湧き上がってきて、
それがとても苦しいんだ。

その悲しみの源泉が何処にあるのか?私は考える。
自然の中で考えている。
世の中の雑音がうるさくて、プッツリと切りたくなる衝動に駆られながら、
その境界線のギリギリの処が『空の下』のこの場所なんだ。

私は、いくつかの可能性を、『空の下』に見出しすことで、
いくつもの苦しみや悲しみを越え、また、多くの喜びを得てきた。
そして、今も同じことを繰り返しやり続けているんだ。



私はここ数日、とてもとても有難い恵みをもらっています。
それは、文旦が齎してくれた幸なんです。

4月に入ると生きている文旦は、自ら発酵を始めます。
日持ちも悪くなり、売る事が出来なくなって来るのだけれど、
同時にこの時期の文旦は、成熟していて最も美味しいのです。
ですから、私は知人などの身近な人に販売をすると同時に、
その旨を理解してくれる方に購入を勧めました。
お陰さまで、お届けして皆さんにとても喜んでいただいて、
数々のお礼のメールをもらいました。

これは、金銭だけの遣り取りではなく、それ以上の心の交流がとても大きくて。
みなさん、「美味しい文旦をありがとうございました」と、仰ってくださる。
その有難い言葉達から、私は改めて自分の立場を振り返るのです。

私は、ただ時間を繋いでいるだけの人なのです。




4月14日に起きた熊本の地震。
翌日、中央構造線を東に移動する可能性がある事に気づき、
昨日、万が一に備えて、文旦の山の上にある小屋に、避難道具一式を運び入れました。
小屋の鍵を、文旦の山主のおばあさんの家に取りに行った時の話をしますね。

おばあさんは、痴呆症のおじいさんと二人で住んでいます。
一人でおじいさんの面倒を見ていて、おばあさんのガンの診断を受けています。
ただ、年寄りなので進行も遅いのか、痛みを和らげる薬だけでそれ以外の治療をしていません。
介護のために掛かるお金は、年金だけでは賄えないので、肉体的にも大変な上に金銭的にも、とても大変な日々を過ごしています。

「どう?変わりない?」

と聞くと、顔を悲しませて

「こんなんよ」

と言いました。おじいさんが直ぐ傍の居間にいたからね。
今にも涙が溢れてくる、その涙を止めている表情が瞬時に分かって、
私はそれだけで、おばあさんの辛さが伝わってきた。

お金が回らなくて大変なんだ。頼れるのは年金だけ。

「文旦の山を買ってほしい」

「うん、そのつもりで頑張ってるから、もう少し待ってて。
7月になれば目処が付くかも知れないから、その時にちゃんと話をさせてね。
生きているうちにお金が入ったほうがいいもんね」

そんな会話をしました。





「ネコが子供を産んで、海に流しに行かないかん」

「えっ?どこにいるの?」

「ここよ」


見ると、まだ目を開けない子猫が二匹見えた。

「かわいそうやけんど、、目を開ける前なら流してもかまんと言われたから」

おばあさんは足が悪くて、歩くのも一苦労なんだよね。
私に海に流してきてほしいみたいなの。

「私はようせん」

と言ったんだ。そしたら、

「おじいさんが寝てる間にでも行かないかん」

とおばあさんは言った。
私は、おばあさんの負担を代わりにやってあげたかった。
足が悪いおばあさんが、海まで歩くの大変だもん。
でも、猫を海に流すことは出来なかった。

生きる道はある。
猫にも、おばあさんにも、私にも、僅かに生きる道はある。
どの道も険しい道のりだ。
それでも、少しでも可能性のある道を選択し続ける事で、
繋がる未来はある思う、身勝手な私なんだよ。




今、おじいさんとおばあさんが植えて文旦によって、
沢山の人がこの上ない幸せを味わっているんだよね。
だから、おばあさんも幸せであってほしい。

こんなに幸せを齎してくれる文旦の山なのに、誰も面倒見れないって言うんだって。
変でしょ?

『空の下』は、何かの力のお陰で、文旦の木の世話をしてくれる仲間に出会えた。
繋ぐ事が出来ています。この先は、おばあさんにもその恩恵を渡したい。
生きている間に、おばあさんの助けになる形で渡したいと強く思う。

その為には、
やるべき事をやり続ける事。
気付きに誠実である事。
自分に怠けない事。



避難道具を運んだ先の小屋の入口には、
沢山の農作業の日程が書き込まれたカレンダーが、
そのままかかっていました。平成22年。。。。。

愛おしく流れゆく時間の中で、言葉ではないものが私の中に流れ込んできて、
悲しくもないのに涙が出て、辛くもないのに辛いと思う。

幾つもの感情が交差して、言葉にならない思いの糸を手繰ってみる。

私は、おじいさんとおばあさんの時間を未来に繋ぐだけの人でありたい。













2016年4月8日金曜日

『空の下』の動きについて

まもなく文旦のシーズンが終わります。
今年初めて文旦の木達の栽培管理者となって、
学びがとても多い一年でした。

私は、文旦の木の栽培なんて興味を持ったこともないし、
そもそも、大玉の柑橘類は苦手でした。
それが偶然に住んだところが文旦の山の麓だったんですよね。

私が住み始めた時は、まだ年老いたおばあさんが管理していて、
村の人を雇って栽培していました。
二年たったころから私に文旦の山を引き継いで欲しいと言われるようになって、
ずっと考えていたんです。
無農薬でとても美味しい文旦だったので、栽培者がいなくなる事態は
できれば避けたいとは思っていました。

丁度その頃、集落で猿の被害が問題になっていて、
私の住処にも年中猿の家族が遊びに来ていました。
誰も管理できない果樹を放ったらかしたら、猿が増える事は知っていたので、
何かしらの手を打つ事が求められていたと思います。
それで私は、文旦の山を活かす動きをしようと思ったんだ。

この美味しくて、安全はもとより、私たちを元気にしてくれる文旦を
捨ててはダメだとも思った。。。
だって、農薬も化学肥料も使わないで栽培するスタイルに
全体をシフトしていかなければならない時代にさ、
目の前のそれを捨てたら、もうダメじゃない?
やる気なし状態の大人で、命を繋ぐことなんて
何も考えていない、、、ってね。



文旦発祥の地、土佐。
沢山の文旦の山がある。
山の斜面一面が文旦の木なんだよね。
それはすごい量だよ。
この殆どに農薬バンバンかけているんだから、
風下の人たちが大丈夫なのかね。
シーズン中なんて、相当な量の農薬が、毎週のように撒かれるんよ。

この栽培方法も、長くは続かないだろうと思う。
既に貢献者がいないんだもん。
栽培人がいなくなった山は、しばらくは放ったらかしになるだろう。
それはそれとして、その中で少しでもオーガニックの木に
シフトすることができれば、それを私たちでシェアしたらいいんだよね。

そのシェアの仕方を色々考えていた今シーズン。
文旦の木のオーナー制度は、とても優れた仕組みだと思います。

『空の下』にお金が先に入れば、
そのお金を運用金に出来ます。
運用金によって生産性を高める事ができます。
人を雇ったり、必要な道具を購入したり。

お客様は、後に払っても一万円、
先に払っても一万円。
先に払うほうが、多くもらえるので、
お得です。
普通に買うと一万円で15キロくらいなんですよね。
これが、オーナーのなると、一万円で最低20キロですからね。

オーナー制度は、消費者と一緒に文旦の木を生かしす仕組みだから、
文旦に載せるお金を少なくする事が出来るのだと思います。
お金は時間であり、時間はお金なのです。

高知の中土佐の文旦の山をみんなで生かし合っているという事が、
また何よりも豊かな事だと思いませんか?

今までになかった距離感で、消費者も生産者もともに役割分担をして、
文旦の木を支え合い、果実というご褒美をいただくということなのだと思います。

間もなく、文旦の販売も終了します。
『空の下』の文旦をご購入いただいた皆様、
ありがとうございました。
今年が昨年と同じ年になるかは分かりません。
変わらず大切に育て、皆さんに笑顔と喜びを届けられるよう、
取り組んで行きますので、どうぞよろしくお願いします。

次は、生姜の植え付けの事を書こうかな。
私は、生姜についても栽培するところからシェアしていきたいと思っています。
どうしたら、それが出来るのか??を常に頭の何処かで考えています。
その一つが、生姜植え付けゲリラ。
何も植えられていない土を見つけたら、

そこに生姜植えちゃいましょう!

っていう遊び。

生姜は上手く作れば種芋の6倍になりますからね。
下手しても倍にはなります。
家庭菜園とか、ガーデニングみたいな感じで出来ちゃうから。
人コブだっていいんです。

こうやって、作る事をシェアしていくと、色々良いこと起きるような気がします。










2016年4月1日金曜日

『文旦売りつつ、人の進化見て、岡山の地に空の下の生姜を植えるツアー』

軽トラに文旦積んで直売ツアーします。
題して

『文旦売りつつ、人の進化見て、岡山の地に空の下の生姜を植えるツアー』

4月2日、3日の土日で高知から岡山まで軽トラに文旦積んで走ります。

2日の目的地は、愛媛県松山市にある愛媛県美術館です。

ここで開催される『生命大躍進 脊椎動物のたどった道』を見に行くことが目的。
その行く道中、文旦の売りながら行きます。

のぼり旗つくらないとな。。。

大躍進を見てから岡山に向かいます。
岡山にfacebookの友達がいて、彼女からズッキーニの種をもらったので、
私は生姜の種をあげることにしたんです。
その種をもって、彼女に会いに行きます。

彼女は仕事を持っていて、子供もいるみたい。
忙しい日々の生活の中に、植物の暮らしを取り入れていて、
それがとても楽しそうなんです。

今シーズンは、空の下の生姜を種として買う人が増えています。
これは私にとって、とてもワクワクすることなんです。
一キロの種芋を大切に育てるって、とても楽しいことだと思う。

育てる人が増えると、生命力の高い生姜を食べることが出来る人も増えると思うし、二重三重に嬉しいことです。初めて育てる人はきっと感動するだろうな。

さて、生姜の植え付け最盛期なもので、岡山の彼女にも持っていこ^^

移動の道中で車停めて文旦売ります。
農業するなら、一度は経験しないと話にならない気がする。

そんなことで、、あーーー、ちょっとドキドキする(笑)

これからのぼり旗つくりま^^す。