2015年4月13日月曜日

自然農とはなんぞや

3月29日に、生姜29コンテナ約464㎏を約一反の畑に植え終わった翌日から雨、雨、雨。。。

3月17日に、みのるポット式にポット苗に種籾を蒔いてからしばらく。。。。ブルーシートを外した数日後から雨、雨、雨。

今年は雨に助けられているというか、水やりの仕事を天が担ってくれています。


私が農業に魅力を感じたのは、自然に溶けれる手段としての農業だった。

中学生の頃から明確な意識の基で「自由」を探し続けてきた私は、
物理的な縛りからの解放と精神性の解放を求めて、
物理的に、又は、精神的に格闘し続けてきた。
支配されることも嫌いだし支配することも嫌い。

誰かの自由を奪う事は大嫌いで、自分自身がつらくなってしまうという、
なんだか訳の分からない性格でね。。バランスが難しいのよ。

。。とにかく、窮屈な世の中なのよ、私には本当に窮屈。

幾つもの不自由から我が身を解放してきた私は、
最終的に、時間からの解放だけが人生のテーマとなったの。
時間からの解放。。。

体内時間、自然のサイクル、、これらから分離した事で、
時間的制約を課せてしまっているのではないとかと思った時から、
私の興味は農業になった。
時間から解放されるためには自然に溶ける必要があるのよ。
それでね、自然に溶けるってどういうことなのかって事が、
現実の課題なのよね。

自然の溶ける農業とは、
先人の経験を基礎とした
一万年の農耕キャリアであり、
変動し続ける自然軸に
拘り、拘らない時の流れである。

そして、即座に動けるフットワークと
地道な努力の先にある
解放された万物のコミュニティーの成果なのだと
そう気付いた今日この頃なのでした。

既に人類は大方の事を経験している。
課題は、その経験からなる知識を
実行に移せるか否かなのであると思うのです。

一つ、扉が開いた気がした農三年目のるんちゃんでした。




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