2014年3月31日月曜日

Honnou

現実は脳みそ

真実は宇宙

脳みそ越えて
広がる宇宙に

。。。この先に
言葉はいらないよ

2014年3月30日日曜日

太平洋ひろいひろい海
浜辺と海の境界線は、
いつも、いつでも
変動していて、
何処からが海なのか、
何処までが浜なのか
途方に暮れる。

プカプカと海に浮かんでみたら
水と空と私だけの世界になるのだけれど、
そのうんと下には、
私の知らない限りある世界が
広がっているのでしょうね。

プカプカと浮いている私には
目の前に広がる空しか
見えないのだけれども。
いつも早い朝
みる夢は窓から空へ
真白い月の上遠く
ここから飛ぼうとする
心はまたためらう

だれもまだ知らないなら
探そう、やがて目覚める歌声
響く世界を

2014年3月29日土曜日

千年の恋

変わらない
ずっとかわらない
はじめから
なにもかわらない

わたしが
愛しているのは
白く美しきもの

何もない
満ちた空気

言葉すくなく
透明な世界

形ある物に宿る
無形の美

2014年3月27日木曜日

Air Surfing

風と共に生きる

風が見える

何処から吹いて
来たのかは
分からないけれど

人の意識と風は
繋がっていて
のるべき風は
語りかけてくる

air surfing 

風と共に生きる




2014年3月26日水曜日

透明は素晴らしい

魂の融合の先の
新しい価値観

強い人同士が
これを行わなければ
世界は変わらない

常識の変換
透明にしたい

美しさとは
常識では図ることも
表すことも出来ない

瞬間に現れる
現実を
すべてと思う
宇宙観



指針

本当にみんなカテゴライズされるの好きだなー。
どのジャンルにいる人も等しく言えること。
一つの池に収まり、そこで認知されることに無意識的に執着している人達が誠多いこと。
げんなりする。

自由とか愛とか平和とか
差別のない平等な世の中を!
なんて、ちょっとわかってる人は
みんないってるし、望んでるよ今時。
なのに世の中いっこうに変わらないのは、そう言っている人達自身の中に、差別と不自由があるからなんだと思う。だから、愛が活かされないし、差別はなくならないし、平和な世の中にならない、当然だよね。

現代人!望み方が甘くないか??
ちょっと不安定要素を見つけたら、
それ以上進むことをやめて、
ベクトル変える人達。
わたしは、こういう人達に
人生を振り回されたくない。

高知に移住して間も無く四年目を迎える。今は主だっての活動名を「soranosita」にしているけども、まだ「mirainome」の活動が必要なのだと、改めておもう出来事がありました。概念、理念、フィールド。

mirainomeはもう、個人的な内面のものでいいのではないかと考え、
ブログも「soranosita」に移行したのだけれど、まだ世の中は、soranosita的概念を、共有するに至っていない。
soranosita的概念とは、
すべての境界がない世界。
宇宙そのもの。

mirainomeは、個体としての成長。
地に育てたいタネ撒いて、芽が出るイメージ。バックボーンは大地からのエネルギー。
soranositaは、意識の成長、覚醒。
mirainomeを上空11km上から俯瞰しているイメージ。バックボーンは宇宙からのエネルギー。

私は、この両方の概念を持ち合わせた人達とタックを組みたい。
どちらか片方だけでは、つまらないんだよ。
多くの人は、このどちらかはもってるんだよね。でも、両方もっている人は非常に少ない。
でも、います。知ってます。
その人達と共に、更なる成長を試みたい。そして、風穴を開けたい。

風穴は、開けたと気づかれないように開けなければならない。
これは、とっても重要な事なんだ。
私が子供の頃から折に付け
意識する言葉があります。

「親切は人に気付かれなないようにする」

いつ何処で聞いたのか?覚えていないけど、この言葉は、幼い私のハートに強く印象付られた。
気づかれないように、風穴は開けなければならない。
そして、目の前に現れて始めて、
多くの人が気づかぬままに、
気づかせなければならない。

私たち人類は多分、西暦1年、
イエスキリストが殺された後から
二千年以上に及ぶ時間を掛けて、
現在人的思想、価値観、文化を
気づかれないままに、巧みに
誘導されて来ている可能性がある。
一神教にその影をみる。
現世界の覇権者。
彼らは、巧みに人間の意識を、コントロールして来た。
なので、今を変えたいと思ったら、
意識を変えなければならない。
どうやって?
気づかれないように。

台湾で学生が国会を数日間包囲し、
結果、強制廃除され、多数の負傷者が出ている。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/130804

過去から学ぶ。
日本でも学生運動があった、昔。
その結果が、今。
覇権者相手に、力では敵わないんだよ。彼らの得意分野なんだから。
キング牧師は、非暴力で行進した。
でも、それでもまだ及ばない。
彼らは、非人道的だからね。

だから、彼らが知らないやり方で、
気づかれないようにしなければな、ないんだと思うのです。

これは、大変大きな課題です。
特別な事ではダメ。
みんなが知っている素材で、
組み合わせを変える。

今、この気付きを得ている人は、
少なからずいます。
でも、具体性で足踏みしてます。
もしくは、粛々と進めている。

もし、mirainomeを読んでくれている人がいたら、私は、今日、自分の気付きに立ち返り、そして、mirainomeはまだ課題を持っていることを伝えたい。

今はmirainomeは月。
土の中で大地のエネルギー蓄えています、もがき、悩み、閃き、気付き、成長しています。

そして、soranosiraは太陽。
大地のエネルギーを受けて、
育ったものがエリアを超えて
羽ばたく翼。ビジョンをつなぐ架け橋。

mirainomeは、soranositaにコミットします。

mirainomeは月。
soranositaは太陽です。


http://soranosita.tumblr.com/post/80560362134
↑soranositaブログ
(人と自然を繋ぐ暮らし)






フィールド

こわすものみつけた

ちがう芽だす

あたらしい芽

みらいの芽

2014年3月25日火曜日

まぼろし

子供の頃、
中央線のホームで思った

「すれ違う人、目の前にたまたま居合わせた人、
それら全てを記憶に留められたとしたら、
一生で何人の人に出会うことになるんだろう。。」


今、目の前を通り過ぎて行く人々。
その後ろに時間の帯が見える。

2014年3月24日月曜日

幸いに想います

さいわい
わたしのりせいは
やすむことなく
はたらいていてくれるので
おかげてわたしは
ふつうに
じょうしきてきなにんげんの
かめんをかぶり
つづけていられる

おかげてみんなは
すきかってなことを
わたしにはなしてくれます
とてもすなおに
わたしがなにをかんがえ
なにをかんじているのかなんて
しすよしもない

でもそれでいいのだろうと
はなしをききながら
おもってみたりしています
だってわたしののぞむせかいは
すべてのひとが
ありのままでいられるせかいなのですから

ただひとつ、
いまわたしがありのままのわたしを
すなおにだしてしまったら
おおくのものをきずつけ
そしてこわしてしまうということを
りせいがりかいしているということで
わたしはふたつのわたしを
ほゆうしているわけです

りせいのうしろのいるわたしは
そのりせいをそんけいしているのですが
ときにそやつがむしょうにいやになるのです
そんなときはすべてをこわしてしまいます

それでもね
さいきんおもうのです
もうこわすものもないし
こわれるものもないのですよ
ただあるのは
遥か未来の風景と
現実との狭間だけ

2014年3月23日日曜日

2014年3月22日土曜日

正常です

あなたの精神病が

正常の域を

逸脱していない


水を抱くようなものですよ

空気に抱かれし我が身は

弟橘比売命

さねさし

相武の小野に

燃ゆる火の

火中にたちて

問ひし君はも



2014年3月21日金曜日

ほとんどが
おもいこみ

ほとんどが
げんそう

だったら
とことん
ゆめを
みつづけるほうが
いいんじゃない

このせかいじたいが
ゆめなんだから

いまがすべてなんて
おもったら
おおまちがい

現実なんて
一過性

そのしょうこに
しんだら
なにも
なくなるのだから

その現実は
跡形もなく
無くなるのだから

2014年3月20日木曜日

未知る

他者の
気持ちなんて
絶対に
解らない

解らない
ということが
解るだけ

解らないと
解るだけで
充分

2014年3月19日水曜日

椿の花

私は
椿の花が
好き

幾重にも
好ろを積み
重ねたような
赤色

冬の寒さを
ものともしない
花弁

真っ直ぐ
見定める
瞳のような
雌しべ

山裾あたりに
ひときわ鮮やかに、
それでいて
周りの空気に
触れる様子もなく
ひっそりと咲いている
椿の花は、
離れて鮮やか
傍に落ちつく
なんとも
妖艶な魅力がある










2014年3月17日月曜日

いつまで
鳴り止まぬ
鈴の音が
いつまでも
鳴り響いている
今宵

また
世来る陽の
陽の出と共に
新しい
今日が始まったと
思っているのは
うそ

何も
新しくなど
成ってはいない

全ては
継続しているだけ
時間など、
切り離せる物
ではないのです

物ではないのです
愛を唄えなくなった鶯は
鳴くことをやめてしまったのです。

愛が唄えないので
鳴けなくなったのです。

心地よい音色は
愛を唄っていたのです。

春が来ることを
春があることを
知らせてくれていたのです。

2014年3月16日日曜日

カラ

手の届かないものを欲しがり
手の届くものは
既にその視界にはない

手に入れた途端に
それは、手の届いたものとなり
もう視界には無いんだ
通り過ぎてしまった過去

いつまで
どこまで
この手に触れられないものを
追い求めていくのだろう
何を手に入れたら
何も求めなくなるのだろう

未完成な生き物よ
何を手に入れても
どこまでいっても
この時が終わるまでは
完成などしないのだ

ならば、何も求めず
何も手に入れなくても
いいではないか

あるがままの姿で
いるしか無いではないか

善も悪も何もないのです。
そんなものは、
私にはないのです。

木を見るように、
花を見るように
雑草でも
蚊でも
なんでもいいから、
己とは違う生き物を
見るように
無干渉で
ただ勝手に
いろいろと
思ってもらえれば
それで十二分

勝手な解釈で、
この世は
成されているのですから。

何処まで
行っても
なんの根拠も
ないのですから

ただあるのは、
摩擦と融合からなる
覚醒の先の夢

それを現実と
理解しているだけに
過ぎないのです。





2014年3月15日土曜日

雨の日も
風の日も
雪の日も

寒風に
凍えそうな日も

照りつく太陽に
耐え難き日も

地の上が
どんなに
変化し
尽くしても
温かく
また
冷たく
私の体に
心地よき水

けして途絶えず
けれど留まりもせず
降っては
流れ出でる
地の下の
水の如く
培って
静穏なる
大切なもの

















2014年3月13日木曜日

切絵

目の前に広がる風景に
チョキチョキと
ハサミを入れたら
宇宙の果てが見えるかしら

そこには
ただ輝くだけの
無数の星達がいて
その中で
ひときわ輝く星を
見つけたの

そこに行こうと
飛んでいたら
途中で目が覚めた

もう少し
夢を見ていられたらと

眠りに戻りたいと
思っても、もう。。

今日の日は
始まっていて
戻ることは
出来なかった

一枚の切絵




2014年3月10日月曜日

眠りにつく頃に

目を閉じて
見えるのは


目を閉じて
想うのは
未来

目を閉じて
得る
やすらぎは
願い

2014年3月8日土曜日

幻想

すごく静かな夜

今日は、向かい合う人の
瞳の先にある
私ではない時の
私の世界ではない時が
私の瞳の先に
確かに有ったのです。

そして、それらは
たぶん私の世界の中に
確かに交わっていたのです。

其れらは、
私に愛を垣間見させて
くれたのです。

意図しないそれらによって、
世界はなりたっていて、
感性の泉に
作用しているのです。

なんと幸せなことだろう
。。。そう想うわたしは、
何を求め、
何に感動しているのでしょうか?

人々の見つめる世界は、
形にならず、
本当に確かなものは、
形ではないのだと。。

刹那。

その時が、
続いて欲しいと
願い続ける
刹那

人は何を求め
何処に向かうのでしょうか。

哲学の
宗教の
その先に
どんな
世界が
あるのでしょうか

なぜ人は
生き続けているのでしょうか

どうして
いきたいと
想うのでしょうか。


何を知っているのだろう。

2014年3月6日木曜日

おのれ

私は時間
何者にもなれない
ただの時の流れ

出来ることなら
あたたかくて
やさしい時間で有りたいと
そう思うだけの擬態