2014年1月11日土曜日

田んぼの草刈

新年になって10日が過ぎ、昨日は春の田植えに向けて田んぼ周辺の整備に取り掛かりました。

その前に、今年は田んぼを一反分増やす予定でいるので、新たに借りる田んぼ探し。
昨年末、農林課の方から
「田んぼを使ってくれる人を探している人がいるので見てみませんか?」
とメールをいただいていたので、早速その方と持ち主のお宅へ伺いました。

行ったところが、昨年のお米収穫時にスイカを差し入れてくれたおばちゃんで、
以前生姜のバイトも一緒にしたことのあるなじみの方でした。
アンド、私が借りている田んぼの隣の田んぼだったので、場所としては好都合です。
同じ場所だと作業効率が良いんですよね。
広さは一反五畝、広い。

農林課の方が仲介に入る余地なく、話が進み、
「作って見なさいや」
と言っていただけたのですが、問題が一つありました。
それは、その田んぼのすぐ隣でもお米を慣行で作っているので、
無農薬でお米を作る事で、迷惑と思われるとダメなんですね。
具体的には、虫が飛びますから。。。
虫目線では、
(農薬を撒かれた田んぼから無農薬の田んぼに逃げてくる)
という事だと思うのですが、慣行の方目線はそうではないんです。
(お宅の虫が飛んで来る。。)
なんですね。
なので、隣の田んぼの方にはお断りをいれて、承諾いただかなければなりません。

因みに、有機無農薬認定をとるには、自分は無農薬で作っていても、
隣の田んぼで農薬を使っていてはダメなんです。
空気をつたって流れてきますからね。
私は、この認定にはこだわらないので、関係ないですし、また認定に拘るよりも、
死んだ土地を生きた土地に変換していく方が大事だと思っています。

話を戻して、早速その足で、隣の田んぼの持ち主のところへ。。
この持ち主さんは、すでに私が借りている田んぼの持ち主さんなので、
気楽ではあるのだけれど、隣で無農薬栽培というのはどうなんだろう・・と、
なんて言うかなー。。。なんて思っていましたが、あっさり、「つくりや」と。。
本当に、有り難い。私のことを嬉しそうに見てくれるのも凄くうれしい。
ところが!新たな問題が一つ出現。

「あそこは、生姜を作ったきー米は出来ん、この辺の人はみんなしっちゅーきー作らん。」
「出来てもお米がパサパサ美味しくないから進められん」

と。。そうなんですね。。おじさん。。。

「そうか。。わかった、もう少し考えてみます、ありがとう」

「まー、つくってやれば助かるきー、つくりや、でも美味しくない。
売るがやったらえいけど、自分くで食べるんやったらいかんで。
だいたい、仁淀米(ブランド米)っていったって、本当がどうかわからん、混ぜちゅーやろ。
生産者は嘘言わんけど、売る方は混ぜてる可能性がある。。」

などなど、この土地で生きてきたご年配の方のお言葉は真実を語ります。

「そうか、、わかった。また来ます。今年もよろしくお願いします」

おじさんの話をうけた農林課の方が、

「生姜の後にお米を作った人がいるので、その人にノウハウを聞いてみたらいいですよ。
生姜の後の田んぼでも一等米が出来てますから」

とな。。ノウハウを持っている方も知っている方なので、
是非、近いうちに話を聞きに伺いたいと思います。

なんで生姜の後の田んぼでお米がだめなのか?についてですが、
一つには窒素分が多いという事、もう一つは、
耕盤が壊されていて水がたまらないという事が挙げられます。
無農薬無化学肥料で作りたい私目線では、慣行農法の生姜栽培はガンガン農薬使うので、
それがどの程度残っているのかが最も気になるところですね。
ただ、耕盤が割れていると地下に農薬も沈むので溜まっていることはないと思われます。
始めにこの事実を知った時には、この田はダメだなーって、考える余地ないなーと思ったのですが、(待てよ。。)と思い出しています。

(待てよ。。)の理由は、

・同じ土地で広げたほうが作業効率がいい
・今は多少のデメリットがあっても、改善することは可能で、その先のメリットは大きい
・いい土地ばかりを求めていては、村全体は潤わない
・縁のある土地、新たな生産者を求めている土地に関わることに意義がある。

無農薬無化学肥料の畑や田んぼを増やしたいのなら、
(目の前にある土地から何とかしなよ!)って、
それが私のスタイルなのかもしれないなー。。なんて考えてしまう。
他の人に言わせれば、(もっといい土地あるのに。。)って事なんですけどね。
もし、新たにこの田を借りることになれば、
一つは水が引かない田んぼ、一つは水が溜まらない田んぼ。。となり、
難しい田んぼを二つ借りる事になるわけです。
まっいいか。
前向きに検討してみよう。課題は大きいな。

所謂常識的に普通に考えれば、こういう解釈もあると思う。

「人が耕さなくなる田んぼは、そもそも扱いにくい田んぼなんだよ。
新参者にはそういうところが回ってくる」

でも、私はそう解釈しません。
人を求めている田んぼなんだと解釈します。
その根拠は、作っていた人が死んでいる、もしくは高齢化で
作れなくなっているという背景が、必ずあるからです。

田んぼには癖があり、この田は水が溜まり難い、この田は水が引かないなどあるんですね。
この不平等な環境のなかで、誰も不服を言うことなく土地をシェアして、
水の使用量も多かろうが少なかろうが、費用は平等に負担する仕組みをもって
村の人たちは暮らしています。お米つくりは農村文化の歴史があって成り立っているので、
新参者は良いとこを取ろうなんて思わないで、与えられたところで出来る事をした方が、
徳は大きいのではないかと思うのです。

そんなことで、来週早々、大野見の農家さんのところに行って生姜の後の田んぼについて、
勉強して来ようと思ってます。

午後からは田んぼの草刈。
久しぶりの田んぼで、どこから手を付けようかぐるりと回って眺めていました。
やっぱり、水が引いていない。
田んぼの周り、斜面の草を刈るには、田の水が引いている方が圧倒的に作業が楽なんですけど、
仕様がないな・・。。と思ったりして、でも、まてよ、これって勝手に冬季湛水じゃない?

冬季湛水農法というのがあって、普通は冬の間は田に水は入れないのですが、
あえて冬の間にも田に水を入れて置いて、その中で微生物を育てることで、
土がトロトロになり、苔が遮光となり、雑草が生えない。。。というメリットを持つ農法。
完全に冬季湛水、不耕起というわけにはいかないが、
この田の癖をうまい方向に持っていければと、考えながら草刈をしていました。

昨年は、急遽田んぼを変えたので、周辺の整備が出来ないまま田植えをしたのですが、
今年は、周辺を整備、山裾の雑草も刈り取ってきれいにする予定です。
環境をきれいに整えると猪対策にもなります。
久々の草刈でしたが、なんだか、去年よりも楽に出来るようになっているわ。
昨年一年で体が鍛えられていることを実感。
(出来る)と感覚的に掴めた一日でした。
燃料が切れたところで、ちょっと一休みを思い、携帯を見たところ着信あり。
返信したところが、漁師の友達が

「今、イノシシが罠にかかってる」

と、

「ほんとー、これから久礼に隼人迎えにいってその足でいっていい?」

「はいどうぞ」

ということで、隼人と一緒に矢井賀へ。
行った先の船着場に猪死んで倒れてました(^^)
山で罠にかかった猪なので、のど切られて殺されてた。

ワイヤワイヤと活気のある中、船着場を挟んだ向かいの屋根にはサル数匹。
釣りから戻ってきたお客さんのクーラーボックスには魚がいっぱいで、
これまた盛り上がっています。

ぼちぼち、イノシシの解体始まり、見入ってしまいました。
まずは睾丸と肛門部をきれいにとるところから始めるんですって、
これに失敗すると臭いとか。。見事な手さばき。
その後、内臓を取り出すんですけど、内臓ってきれいですよ。

そんなことで散々見せてもらった挙句にお土産までもらって帰りました。
早速夕飯に焼いて食べたけど、美味しいかった。
さすが野生の肉だけあって、締まっていて、油はあるけどあっさりしているんですよね。

この日は、朝から雲が凄くて、日中車を運転しているときも何度も止まって
雲と海の写真を撮りました。
スカイブルーの空、もくもく入道雲。
キラキラと光を反射する海。
この景色を目にするだけで、気持ちが高まり、とっても楽しくなります。
愛しい田んぼの世話で出来て、それだけでも楽しい一日だったのに、
イノシシ君まで見れるとは!感謝感激!
動物的高揚感がとっても素敵な一日でした。
血が騒ぐってやつです。

なんだか有りがたいです。
こんな田舎で暮らしていると、物ではなくて空気とか、光とか、
風とか、人との繋がりや生き物のエネルギーが唯一の恵みで、
それらがもたらす幸福感は本当に素晴らしいです。
どこか一か所に鋭く走る感動ではなくて、体全体から湧き上がる感動です。

そんでもって、夜は夜で笹場小学校の休校に際する実行委員会に出席。
ここでも、本当に素晴らしく濃い人間関係、人間の様を見せていただきました。
黒澤明、もしくは、小津安二郎の映画を観ているようなかんじで、
しかも私自身も参加しているからおもしろい。

都会にいると、一個人の思いや歴史を垣間見るような、
地域との関わりは殆どないけれども、ここは違う。
昔の人達の極々日常的な道徳観と、現代人的な合理的主張が混在しています。
そんな中で、口を瞑る人、普通に当たり前のように自分の感性をつぶやく人、
膨らんだ思いを口にする人。。。。etc
縦社会の良さと悪さがあるけれども、それを飲み込んだところで、
どの方も一定の謙虚さを持ち備えています。
これらすべてが、私はとっても好きです。思いの丈が見て取れる。

そんな一日、普通に生きているだけで、これだけ濃い一日があるって素晴らしいよ。

そんなこんなで、ブログを書いている今も、矢井賀のおじさん二人がポンカン採りに来てくれた。
昨日猪の肉をくれたおじさんと、土地を整地してくれたおじさん。
普通にものの交換してる。うれしいな。
この先もずーーーとこんな風景と日常の人々の関わりが続く為に、
私は農業をやり続けるんです。




0 件のコメント:

コメントを投稿