2014年11月11日火曜日

空の下 ~・一人の女性が農婦になるまでの物語・~ その3

その夜は、そのまま友達の車に乗って家族四人友達の家に行ったんだ。
暖かいシチューを用意していてくれて、本当においしかった。
体に優しい食べ物と静かな時間にたどり着けたよって。。

当時、私たちは避難者で、ありがたい事にとっても親切に非日常を与えてもらっていた。
でも、それが凄く疲れてね。だって一緒に避難できなかった東京にいる母の事とか、
兄家族のことなんかを考えて胸が裂けそうだったし、それでいて一見何も変わらないかのような世界の中で、普通を装っているのも、避難者として扱われるのも、どちらも辛かった。
いつだって、どんな時も普通の場所でいたかったんだよね。
お客様でいるのって本当に疲れるんだもん。贅沢な事だと思うかもしれないけど、
お客さまでいるのって疲れるの。
だから、静かで平和でゆっくりとした時間の流れる友達の家に来た時はホッとした。

独立している楽さっていうか、快適さっているか。。
このバランスってきっと難しいんだろうな。
助け合いながらも独立してる事って、日本人の大きな課題だと思う。
私を受け入れてくれた彼女は、もう何年も前に関東から四国に移住していて、
独自に社会活動に参加したり、土着の問題に取り組んだり、それもマイペースでしていたんだろうな。3.11の事態にも敏感に反応していて、関東からの移住者も当然の如くその必要枠を感知して、私達家族を受け入れるに当たって役場に働きかけて、受け入れ態勢を整えていてくれたの。
だから、私たち家族は異例の速さで町営住宅に入居することが出来た。
特例だよね。でも、それも私たち家族だけで終わってしまったんだけどね。
私たち家族は、その瞬間に走ったムーブに乗ったのね、だから、全てが異例の速さで進んだんだよ。高知県内のこの地に住めるようになるのは本当に早かった。

ノアの箱舟に乗ってから、箱舟がたどり着いた先がこの地だったんだよねって、
何の疑いもなく思えるほど、私自身はなーーんにもしなかった。
ただ、流されていただけ。一つだけこの波に乗る前に心に誓ったことがあったの。
それは、止まるところまで流され続けよるって事。
それはどういう事かというと、自我を出さないという事。
ただ、目の前に現れたものを受け入れるという事。
結局私が町営住宅に住むまでにした事と言えば、お礼を言う事だけだったわね。
「ありがとうございます」
って、それだけ、、でも何回言ったかなw相当言ったと思うよ。
友達が全部やってくれたの、しかも初対面の友達が。
一生忘れない感謝の気持ち。

そうそう、町営住宅に入居するにあたって一つだけ選ばなければならない事があったんだ。
それは、全校児童6名の小学校に小学校三年生に娘を入学させるかどうかって事。
その小学校に入学させることが同地域に町営住宅に入居する条件だったのよ。
(この町営住宅は小学校の児童数を増やす目的で建てられた住宅なのです)
隣の町に行けば、人学年40名ほどいる小学校があるの。
そこに通わすこともできる。
一方、町営住宅のある小学校は全校児童6名。
何年も前から休校がささやかれている小学校で、しかし、地域の人達の強い希望もあって存続している小学校だったのね。そんな経緯もあって、同地域に子供が来るって事は一大事だったのよ。
注目の的でね。地域の小学校に入ってほしいって強く願う人が何人もいたのよね。

『子宝』って言葉が生きている場所だなって思った。
都会に住んでいると、子供は邪魔者扱いされることが頻繁にあるでしょ。
商売の的としてのサービスはあるけど、子供が自由に遊べる場所や、
子供を見守る暖かい目って本当に少ない。
嫌になるくらい窮屈な都会には、子供は邪魔みたいな空気が沢山ある。
だから、嬉しかった、素敵だなって思った、子供を見守る村の人たちの目がね。

私が子供の頃に毎年父に連れられ行った父の郷里。
村には数人の子供しかいない村。
私が流れ着いた村は、子供の頃に見たそれにとっても似ていたの。
三十年前の父の里と同じような状況の村。
ちょっと恥ずかしいけど、運命を感じた。
だって、震災前の約三年ほどは、いつも疑問に思っていたの。
過疎化が進み消えていく農村があって、国内自給率も下がっていて
それらが大きな社会問題になっている一方で、
一極集中の過密地帯東京の住宅問題とか、粗悪な食品問題とか、両極端な世の中。
私は日々高額の家賃や生活費を稼ぐ為にダッシュで働いて、一日が終わるころにはクタクタ。
家を買うにも借りるにも、一生の時間のほとんどを労働に費やさなければならない都会での生活。
父が愛した里は、住む人が居なくなり淋しくなる一方よ。
沢山の田んぼや畑や山や広い家があるのにねって。

毎日、台所に立ちながら、

「これでいいのかな?なんかおかしいな?」

「都会に不満を持っている私が、それでも田舎に移住できないのはなんでだ???」

「今の生活の場を変える事が出来ないからか。。。苦しいな。。」

って、その思いは日々募るばかりだった。

「あーだこーだ社会問題を口にいたり、不満を言ったりしていたって、
結局は、何?都会の美味しい蜜に浸っていたいわけ私??って、
目の前にある問題に、しかも、それは手を伸ばせば触れる事が出来るかもしれないのに、
ほっとくわけだ私は・・・、これじゃー、偉そうなこと言えないよね、私==。」

ってww

田舎から人が消えていくことを憂いていても何もできない自分がもどかしかったのよね。
そんな最中に3.11があって、たどり着いた先が過疎の村だったの。
これは運命だと思うでしょ?ww
私に与えられたミッションだって、『思う存分やりなさいよっ』って言われてるなーと、そう思った本気で。

次回に続く・・・

2014年11月4日火曜日

空の下 ~・一人の女性が農婦になるまでに物語・~ その2

ザブ~ン ザッブ~~ン 波の音が聴こえる。
耳にも心臓にも心地よいこの音をただ聴き入るだけの生活は出来ないのかしら。。
出来ない事はないわよね、食べる物があって、寒さや雨風をしのぐ家があれば、
それだけで生きていくには十分よね。
それだけあれば、いつまでも波の音や光に喜ぶ鳥のさえずりを聞きながら、
風に吹かれて生きていくことは出来る。
そんな日常がずーーーーーっと続きますように、なくなる事がありませんように・・・。
そう、私はその為に農業を生業として生きていく事にしたのだった。

子供の頃、毎年帰る父の里。
行くときは正直嫌だったの。
親戚のおじさんたちは躾に厳しかったし、父からも「ちゃんとあいさつしなさい」とか、
色々うるさく言われてたから、緊張してね。
ところがね、夏休みの一週間はあっという間に過ぎて行って、
都会に帰る日が近づくと淋しい気持ちになるのよね。
今でも目に浮かぶのは帰る前日の夕方、
ほとんど使わなくなった集会所の窓から外を見ていた時の事。
目の前には田んぼが広がっていて、空はオレンジ色だった。
そんな景色を見ながら、明日はここからさよならだな・・っておもったら
急に淋しい気持ちになって、そんな自分に驚いたことを覚えているの。

「来るときは嫌だったのに、帰ると思うと淋しくなるって可笑しいな・・不思議だな。。」

って。色あせることのない小学生の私の記憶。
父の愛した故郷も今では限界集落。
子供は1人もいないどころか、爺さん婆さんばかりでやがて消えてなくなるのかな。。。

2011年3月11日、私は東京の小金井市というところに住んでいて、
天気も良く、庭で当時一緒に住んでいたパートナーの髪の毛を切っていたの。
家の隣は武蔵野公園という米軍のゴルフ場跡地で
都内では都心にアクセスしやすく比較的環境のいいエリアだった。
確か4時くらいだったと思う。
物凄い揺れが来て、直ぐに公園側の空き地に避難したの。
隣の人も出てきていて、ほんとにびっくりした。
揺れがおさまって家に入ると、棚から少しだけ物が落ちていて、ガラスとか割れていて。。
テレビをつけて福島沖で大きな地震があったらしい事を知ったの。
それから、原子力発電所で事故があったことも。。

当時我が家はインターネットで宝石を売って生計を立てていたんだけど、
3月15日はパートナーがミャンマーに石を買い付けに行くことになっていた。
この事態に家族を日本に残して行く事に不安を覚えていたけれど、
経済的にはそうも言っていられない状況。
福一の状況次第では避難するようにと、予め高知に住む彼の友人の電話番号のメモを置いていってくれていた。

彼を見送ったのが15日。
その後私は、ネットとテレビとラジオとリアル社会の4つを跨いで情報を集め続けていたのだけれど、一番戸惑ったのはリアル社会とメディアとのギャップ。
メディアでは未曽有の大事故!しかし、目の前の景色は小春日和で穏やかそのもの。
知り合いの家に訪ねて行っても「大丈夫じゃない・・」みたいな楽観バイヤス。
そんな中、15日だったか16日だったか??西に風が吹いていたので子供たちを家の中に監禁、
学校を休ませて、次の日には東京を出ようと心に決めたのだった。
もちろん、子供にはゆるーーい感じで。
「放射能が心配だから、春休みにもなるし、旅行がてら高知いこっ。
フェリー面白いよーー。個室取ってあげるからっ(^^♪」
みたいなね。だって、マジトークして、行きたくないとか、嫌だとかごねられたらたまらん。
とにかく今は放射能被害に会わせない事が何よりも先決だと考えた。
後悔したくなかったから、取り返しがつかないような後悔を。

震災直後からもしもの時に避難できるように出来る限りの準備は進めていた。
お客様からの注文の処理やそれに伴う手配。避難先の検討などなど。
パソコンでのメールや避難先の確保、福島の現状確認に追われながらも、
子供達にはそれを察しられないように普通を装うという。。。
本当に大変な時は、子供には内緒(^^)動揺させなようにしないとね。

私は、避難先を4つ考えたの。
京都、大阪、島根、高知。
京都はとても仲良くしていた友達夫婦がいたから、
大阪は親戚が居て震災直後から心配して非難するように言ってくれていた。
島根は父の里で、年老いておばさんが一人で住んでいるだけだったからね。
それで結果、消去法で高知になったというわけ。
この状況で非難するという事は、二度と東京に戻れない可能性も考えていた。
だって非難の理由は放射能だから、一度流れ出した放射能がなくなるとは到底思えなかったしね。
だから、非難する事=移住する可能性が高いとも考えたので、移住できる場所が避難できる場所の条件となった。

先ずは大阪、ここは都会で移住するには経済的にも東京のそれと同じだし、
シンドイなと考えたのでダメ。
京都は、まずは友達を頼って寮(友達の会社の)に入れてもらえないかと聞いたんだけど空きがないと断られた。加て「非難しなくても大丈夫じゃない?」と言われた時には、日頃、食べ物とか環境にうるさい友達だっただけにがっくりしたね。
いざとなると人間こんなものかってね(苦笑)
そして島根、家はあるし移住する事も物理的には出来るけど、家族で住むのは無理だと思った。
小学校もない、何もない、都会育ちのパートナーが住める場所ではなかったし、子供を育てられる環境でもなかった。
最後に残ったのが高知だった。早速私は、彼が残してくれた電話番号に電話をしたの。
この時は、もし友人が受け入れてくれなくても非難するつもりでいた、一度決めたら後戻りしないのが私のルール。

「避難しようと思うんだけど、受け入れてもらえませんか?」

その友達もはじめは少し渋っていた。多分友達自身に迷いがあったんだろうね。
でも、もう東京を出ると決めていた私は、

「○○さんが受け入れてくれなかったとしても非難することは決めたから東京を出るよ」

というと、

「よし、わかった。それならおいでよ」

って言ってくれたんだよね。

本当にありがたかったよ、その心意気というか、うん。
受け入れてくれる人が居て、初めて動くことができるんだよ、そうなの。
私達が高知に避難できたのは、暁さんのお蔭なんだよ。
この経験は、後に私が夏季疎開を主催する切っ掛けになったの。

「受け入れてくれる人や場所があるから、避難移住することが出来るんだ」

って、そのことは今の私の活動の礎にもなっている。
だから、田舎を自然を守っていかないと行けないんだってね。
帰りたくても帰れる場がなければ帰れない。
変わりたくても変われる場がなければ変われない。
「場」というのは取って付けれるものではない。
人の息吹と自然の息吹が織りなす空間そのものなんだよ。

軽自動車ムーブにパソコンと宝石、子供と保存食、当面の着がえを載せて、
お台場からフェリーで徳島へ、初四国入りーーー(^^♪
徳島の地に下りた時は、深呼吸~~。
解放された気分になった。

「あーーーー、ようやく抜け出せた~~~!!」

ってね(^^)
何から抜け出せたかって?
それは、だぶん、都会の雑踏や文明の綱。
ずーーーと、ここ何年も抜け出したかったものから、
解放されて走り出した気がした。爽快だった。

それから私たちは、東日本大震災という未曽有の災害による大きな気流に乗って
あれよあれよという間に高知県高岡郡中土佐町上ノ加にたどり着いたの。
ノアの箱舟がたどり着いた先がここだったの。
私たちを乗せた車ムーブ(ノアの箱舟w)がオーバーヒートしちゃったのよ(^^;)

夜9時過ぎてたかな・・。
何処にいるのかもわからない、縁もゆかりもない山の県道で動かなくなった車の中。
助けに来てくれたのは、矢伊賀に住む友達女史。
助けに来てくれたところで初対面~~~。

私:「すみま~~ん、こんな対面で~~」
女史:「よくきたね~~」

愛だよ、、愛。

次回に続く・・・。

2014年10月31日金曜日

空の下 ~・一人の女性が農婦になるまでの物語・~

1971年(昭和46年)千葉県生まれ、2歳の時に大企業で働く父の転勤で名古屋へ移転後、
千葉、福岡、東京と父の転勤に伴い3年か4年に一度のペースで転校していた子供の頃、
転校を嫌がる子供も少なくないようだが、私は転校するのが割と好きだった(^^)

学校から帰ってくると、いつものように母が台所で夕食の支度をしている。
当時は対面キッチンなどではなく、壁に向いて料理はするもので、
しかも、倹約家の母は部屋の電気を灯すことなく、手元だけを照らす明かりの下、
私に背を向けたままで、

「お帰り、また転勤することになったわよ」

というの。
私は何変わることなく

「どこに?」

「福岡」

「へーー」

そんな会話で転勤、転校が知らされるという・・・馴れたものよねw

転校を知らされると、私は日本地図を広げ、今住んでいる場所(千葉県の津田沼)と
次に住む場所(福岡県)の位置を確認する。
まだ、一度も行ったことの無いその場所には、まだ会ったことのない未来友達がいて、
この時も私の知らないところで、しかし、私と同じように普通に生活をしているのだと思うと、
なんだか不思議な気持ちになった事を今でもよく覚えているな。

父は大手の企業に勤めるサラリーマンで終身雇用が普通の時代。
会社人間というか、企業戦士という言葉がぴったり嵌る感じかな。
平日は一日会社努めで、私たちが寝た後に帰ってくる。
休みは日曜だけで、朝から日曜討論を見て、その後ゴルフの中継を見る感じw
典型的なサラリーマン。
長期の休みと言えばお盆と正月のみ、一週間ほどの休みがあるのだけれど、
お盆休みのその一週間を丸々郷里の島根県邑智郡邑智町信喜に帰る人だった。
都会で交通の便の良い、直ぐに都心にアクセスできる環境で育ってきた私が、
都会から離れ、田舎に・・しかもドドドド、ド田舎に身を置く唯一の機会、それが父の帰郷だった。

本当に何にもないところ。郵便局もない。お店も一軒もない。
手紙を出したいときは、一時預かりをしてくれる家が近所にあって、そこに渡して置くという感じ。
父の里は村でも大きな農家だったので、車が通ればそれは家に来る車・・みたいな(^^;)
そのくらい、なーーんもないところ。

年に一回のこの1週間が、私の人生に深く深く刻み込まれていた事に
大人になってから気づいたんだよね。
私が今、高知県の過疎の村で生姜やお米を作っているのは、
この幼少期の経験というか、匂いとか目に映った景色とか、
父の想いとか、集まる親戚とか、それらが一体となって
私に何かを感じさせてくれたんだよね、きっと。


次回につづく・・・

2014年7月5日土曜日

コトバノイロハ

言葉に頼り過ぎていると
本当の事が見えなくなるね。

言葉に頼り過ぎていると
ただある世界が掠れてしまうね。

言葉はあっても
なくてもよくて
ただ、遊ぶ為の
道具なんじゃないかな。

2014年6月3日火曜日

空気に溶け行く個体の消滅

今ある時間と
今ある空気

今ある食べ物
今ある香り
今ある音楽

今ある全てに
ありがとう

2014年5月11日日曜日

見えない宝物

懐かしいな

時は流れるもの
今を生きてる

この音楽に乗せて
懐かしい時間が
よみがえるわ

とても愛おしい時間

その時間は
「時間」以外の
何物でもないのだけれどね。

いつまで残るのは、
「時間」の記憶なのかも。

「時間」は消えることはない
なぜなら、もともと無いものだからよ

2014年5月6日火曜日

過去と未来

あの星は
いつから
あんなに
輝いているのだろう

何億光年も前に
放たれた光に
未来たどり
逢えると思うのは
おかしな話ね

人は、
自分の記憶を
観続けている
生き物なのかも

星を観ていると
そんな事を
考えて観たり

2014年5月4日日曜日

ピンポイント

時は移り変わるものね。

兎に角進みたい。

今という時間にしか
できないことがあるし、
今だからこそ
していいこともある。

このタイミングで、
生まれる感情は、
今だからこそ
何かに、誰かに
繋がる可能性があって、
それは旬ってやつ。

頭で考え過ぎて
旬を逃さないようにね。

傷付く事なんで
大したことじゃないよ。
傷は必ず癒えるから。

それよりも、
何度も旬を見逃すと、
ニ度と得られなくなるよ。

それが、1番怖いことだ。

2014年4月29日火曜日

心の泉

言葉によって
すれ違い
言葉によって
わかり合う

人間って
なんだかな

2014年4月28日月曜日

泡と屑

運命って
あると
思っていて
それは
意識に
左右されない
コントロール
不能な
領域で
コントロール
したつもりが
出来ていない
領域

なぜだろう

なぜだろう

運命だと
感じた瞬間が
行き場を
なくしている

泡と屑

2014年4月27日日曜日

嘘は嫌い

嘘つき

私は嘘つきです。

本当の気持ちを
隠して
嘘の文字を
並べました。

なんで
嘘の文字を
並べたのか
というと
文字は
役に立たないと
思ったからです。

文字に
気持ちを
載せることは
出来ない

文字に
気持ちが
のると
としたら
それは
既に
音に
気持ちを
載せた
過去が
あるから

音に
気持ちを
載せられない
今は
文字は
なんの
力も
持たないと
そう思ったから

だから
嘘の文字を
並べたの

きらい



2014年4月25日金曜日

固く柔らかいもの

思い出すと
哀しくなる
胸にナイフが
突き刺さっている

そのナイフは
抜かれることもなく
時間とともに
草に覆われ
やがては
地に埋れて
その姿を隠す

土に変わることない
そのナイフは
時間と経過と共に
その哀しみを
不動のものに
していくのだ




2014年4月24日木曜日

包む

思い出すな
やさいしい

恋しいな
あのとき
そこにだけあった
やさしい

世の中は
きびしいな

なんで、
やさしいに
たどりつくのに
きびしいが
あるのかしら

いつも
やさしいでは
だめなのかな

やさしいって
なんなのかな

輝きが
奥の奥に
あるように
優しいも
奥の
また奥に
在るからなのかな


2014年4月20日日曜日

ただよう

見えないが故に
存在しない
小さなひかり

見えることで
存在する
同じひかり

時の経過と共に
見えてくる
ひかりがあることを
知っていますか


2014年4月16日水曜日

観えない橋

未来につながる橋
渡ってる翼つき

落ちてもダイブ
旋回して大空へ

見上げれは宇宙
眺めているだけで
最高!

最早
上も下ない世界
三次元を
四次元に遊回

足元には
誰にも見えない
透明の橋

誰にも観えない
透明の橋

2014年4月14日月曜日

相対性

私はなにも変わらないのに
まわりが勝手に変わっていくのね。

それ以前となにも変わらないのに
進見続けると勝手に
まわりが変わっていくのね。

私にとっては
景色が変わっていくだけで、
歩いている私は
何も変わってなど
いないのよ。

いつものように
歩いているだけ
移り変わる景色に
感動して
笑ってみたり
泣いてみたり
怒ってみたり
悲しんでみたり
してるだけ

私は変わらないから
いつまでも
まわりの景色が
変わっていくのよ

2014年4月13日日曜日

高密度圧縮体

私は、
形なく
非可視光の
高密度の
圧力の中に
浮遊しているだけの
生き物なのかもしれない

なぜなら
私の気持ちは
必ずしも
一つの形あるものに
限定されて
生まれるのではなく
いくつもの
形と形のない交わりの中で
しかも、
同じような気待ちが
異なる形に対しても
生まれる事があるからだ。

多様で
多彩に見える世の中
全ての
生きとし
生けるものは
その本質を共有し
多彩に見える世界は
ほんの表層にしかすぎない

わたしが触れているのは深層
表層は魔法使いみたいに
色々な形に変わる。。
ううん、そうじゃなくて
同じ魂が
いくつもの高密度の圧縮体に
宿っているののかも。

高密度圧縮体

高密度

圧縮体











2014年4月9日水曜日

消えない世界

私は多分
時が消えてしまうことが
哀しいんだと思う

消えてなくなる事が
耐え難く哀しい

ずっと変わらない世界に
生きていたいんだ

消えてなくならない世界に


2014年4月7日月曜日

out side

わたしって
ほんとアホ

でもいいや
アホだから

アホでもいいわ
楽しければ

かしこくて
つまらないより
アホでも
楽しい方がいいわ

アホしか
見れない
楽しい世界を
見るから

2014年4月6日日曜日

サン

金星が輝いている

ざっぶーん
波の音

月あかり
夜雲
空と海の境界
黒い山

ざざざ〜
シュルシュル〜

波打ち際の白

キャンプしたくなるな
誰もいない
大空の下で
動かない時間の中で

金星の下にゆらゆらとゆれる星一つ見つけた

海と空と星

水と宇宙と命

三位一体

力 愛 善



2014年4月5日土曜日

メロディー

言葉なんてなくなればいいのに

20年くらい前に観た映画 
「音のない世界」
よかったなー

聴覚障害者の映画で、
確かフランスだった思う。

手話で全てが語られていて、
静かで優しいの
音よりも
心の響きの方が大きくてね。

手話って、国境を簡単に
越えられるんだよ。

国によって、若干の違いはあるらしい手話。
でも、一週間もしたら、
分かり合えるようになるんだって。
とっても便利なコミュニケーションツールだよね。

言葉を使わないと
いけないことが多くて
疲れた。

バベルの塔。
言葉を使ったら
分からないことが
増える事もあるのにね。

言葉って不便ね。
どうでもいいことは
沢山飛び交うのに
本当に話したいことは
話す時がほとんどない。
いや、話したくもないのかも
本当は、其れすら。。

イン ・トゥー・ザ ・ワイルド
って映画知ってる?
オックスフォード大学かなんかの
一流大学を卒業後、アラスカに放浪の旅に出た青年を、実話を元に描いた
映画なんだけど、とってもいい映画なの。
好きな映画の5本?3本の指に入るかも。ちょーツボ。

学歴とか、物質欲とか、社会的地位とか、そんなのにうんざりしていた彼は、全てを捨てて旅に出るの。
生きるとはどう言うことなのかって、
人は何を求め、何が大切なのかってね。体と魂でその答えを見つけようとするの。

最後は、毒キノコを食べて死んじゃうんだけど、死ぬ瞬間に彼はこう思ったのよ。

「もしいま、僕が笑顔で両親の胸に飛び込んで行ったら、彼らは僕が見ている世界を見てくれるのだろうか。。。」

言葉が少し違ってたかもしれないけど、こんな内容。。。

彼の世界に愛はあったの。
でも、いつも喧嘩している両親を
子供の頃から見ていて、
喧嘩してるくせに、
ちゃんと社会的地位はあって、
常識的な教育受けさせられてね。
でも、大人になるに連れて、
本当の世界を知りたくなった。
生きる事を知りたくなった。
自分の信じる物がいったい何なのか?

死ぬ直前に見たのは、
再開を喜び抱き合う家族。
彼は知ってたのよ、本当は。
でも、それでも、こう思ったの。

僕が見ている世界をみてくれる?
僕が見ている世界をわかってくれるだろうか?ってね。

彼の妹は知ってたのよ。
お兄ちゃんの見てる世界。
兄弟って、そうだよね。
私も兄姉いるからわかる。
お兄ちゃん。

言葉なんていらないし、
それでも言葉を交わして、
食い違うこともある、
でも、

「そうじゃない、現実が違うだけ、
生活が違うだけで、わかっているんだよね、同じ事、思ってるよね(^^)」

って、そう、思える、兄って。
子供の頃からしってるからね。

見ている世界を
私が見ている世界を
一緒に見てくれる人って
とーっても少なくて
その人との会話は
空気見たいに
残骸を残さないのよ

メロディーなの。









2014年4月4日金曜日

地球は変わらないな



長く永い物語

結局は
何も変わらないのよね。

産まれてから死ぬまでの物語は一つで、
故にタイトルも一つ。

人生って、
短編でも描けるけど、
それは、自我ではないものね。

自我は、
長編しか書けないのよ。

今日は雲が多いわ。


2014年4月3日木曜日

全知

未知から
繋がる道は
希望の道かもしれない

無知から
始まる道は
喜びかもしれない

人知によって
現実が生まれ
奇知によって
既存が壊され
叡智から未来が
始まるのかもしれない


2014年4月2日水曜日

我がまま

さっき末娘が私に相談して来た

「自分が気づいたことがあって、
それをしないでいると、神様がずっと
頭の中をぐるぐる回るんだよ。
だから、ついそのようにしちゃう。
余計なことなのかなーって思うんだけど、しないといつまでも神様がぐるぐる回るからさ。
やめた方がいいのかなー」

って。

私はこう言った。

「いいんだよ、それで、
貴方の事は私が護ってあげるから、
思ったようにすらばいいよ、大丈夫(^^)」

って。

私、こんな彼女がとっても好きだし、
素敵だなーって思う。

思う気持ちと
正しいが
繋がるような人に
導くことができたら、
産んだ責任果たせるかなって、
そんな風に思う。

春だ。
新しい息吹が
あちらこちらで
蠢いてる。

それらは、
向かうべき
方向を
知っていて
全部が
繋がっているのだ。

本能?
遺伝子間の情報?

一番望む世界へ
踏み出せば
その道は
続く
無条件に

踏み出せす事が
唯一の条件なんだ

湧き出すものに
敏感になれ
それが進む道だから

無意味

夜明けと供に
鳥たちが
いっせいに鳴き出した

あれは、どういう事なのかしら

夜が明けると鳴かずに
居られないのかしら

彼らにとっての夜の闇は
私達人間とは
比べものにならない程
深く長い時間なのかも
しれないわね

同じ時間の中にいたって、
それぞれが違う時間の中で、
異なる想いを巡らしているのよね

夜明けと供に
美しく鳴く鳥たちは
鳴かずには居られないのかも
しれませんね。

2014年4月1日火曜日

杉の木
ヒノキ
枇杷
ぽんかん
文旦
小夏
うめ
くり
木蓮
ツツジ
なばな
カラスノエンドウ
紫陽花
イタドリ
つわ
ふき
れんげ
踊子草

穴熊
フクロウ

たまに鷹
たまにカラス
いつも鶯
その他大勢の鳥達

その中に
人間四人
犬一匹
住まわせてもらってます。

思考なんて
無いに等しいほど、
自然は
圧倒的だ




2014年3月31日月曜日

Honnou

現実は脳みそ

真実は宇宙

脳みそ越えて
広がる宇宙に

。。。この先に
言葉はいらないよ

2014年3月30日日曜日

太平洋ひろいひろい海
浜辺と海の境界線は、
いつも、いつでも
変動していて、
何処からが海なのか、
何処までが浜なのか
途方に暮れる。

プカプカと海に浮かんでみたら
水と空と私だけの世界になるのだけれど、
そのうんと下には、
私の知らない限りある世界が
広がっているのでしょうね。

プカプカと浮いている私には
目の前に広がる空しか
見えないのだけれども。
いつも早い朝
みる夢は窓から空へ
真白い月の上遠く
ここから飛ぼうとする
心はまたためらう

だれもまだ知らないなら
探そう、やがて目覚める歌声
響く世界を

2014年3月29日土曜日

千年の恋

変わらない
ずっとかわらない
はじめから
なにもかわらない

わたしが
愛しているのは
白く美しきもの

何もない
満ちた空気

言葉すくなく
透明な世界

形ある物に宿る
無形の美

2014年3月27日木曜日

Air Surfing

風と共に生きる

風が見える

何処から吹いて
来たのかは
分からないけれど

人の意識と風は
繋がっていて
のるべき風は
語りかけてくる

air surfing 

風と共に生きる




2014年3月26日水曜日

透明は素晴らしい

魂の融合の先の
新しい価値観

強い人同士が
これを行わなければ
世界は変わらない

常識の変換
透明にしたい

美しさとは
常識では図ることも
表すことも出来ない

瞬間に現れる
現実を
すべてと思う
宇宙観



指針

本当にみんなカテゴライズされるの好きだなー。
どのジャンルにいる人も等しく言えること。
一つの池に収まり、そこで認知されることに無意識的に執着している人達が誠多いこと。
げんなりする。

自由とか愛とか平和とか
差別のない平等な世の中を!
なんて、ちょっとわかってる人は
みんないってるし、望んでるよ今時。
なのに世の中いっこうに変わらないのは、そう言っている人達自身の中に、差別と不自由があるからなんだと思う。だから、愛が活かされないし、差別はなくならないし、平和な世の中にならない、当然だよね。

現代人!望み方が甘くないか??
ちょっと不安定要素を見つけたら、
それ以上進むことをやめて、
ベクトル変える人達。
わたしは、こういう人達に
人生を振り回されたくない。

高知に移住して間も無く四年目を迎える。今は主だっての活動名を「soranosita」にしているけども、まだ「mirainome」の活動が必要なのだと、改めておもう出来事がありました。概念、理念、フィールド。

mirainomeはもう、個人的な内面のものでいいのではないかと考え、
ブログも「soranosita」に移行したのだけれど、まだ世の中は、soranosita的概念を、共有するに至っていない。
soranosita的概念とは、
すべての境界がない世界。
宇宙そのもの。

mirainomeは、個体としての成長。
地に育てたいタネ撒いて、芽が出るイメージ。バックボーンは大地からのエネルギー。
soranositaは、意識の成長、覚醒。
mirainomeを上空11km上から俯瞰しているイメージ。バックボーンは宇宙からのエネルギー。

私は、この両方の概念を持ち合わせた人達とタックを組みたい。
どちらか片方だけでは、つまらないんだよ。
多くの人は、このどちらかはもってるんだよね。でも、両方もっている人は非常に少ない。
でも、います。知ってます。
その人達と共に、更なる成長を試みたい。そして、風穴を開けたい。

風穴は、開けたと気づかれないように開けなければならない。
これは、とっても重要な事なんだ。
私が子供の頃から折に付け
意識する言葉があります。

「親切は人に気付かれなないようにする」

いつ何処で聞いたのか?覚えていないけど、この言葉は、幼い私のハートに強く印象付られた。
気づかれないように、風穴は開けなければならない。
そして、目の前に現れて始めて、
多くの人が気づかぬままに、
気づかせなければならない。

私たち人類は多分、西暦1年、
イエスキリストが殺された後から
二千年以上に及ぶ時間を掛けて、
現在人的思想、価値観、文化を
気づかれないままに、巧みに
誘導されて来ている可能性がある。
一神教にその影をみる。
現世界の覇権者。
彼らは、巧みに人間の意識を、コントロールして来た。
なので、今を変えたいと思ったら、
意識を変えなければならない。
どうやって?
気づかれないように。

台湾で学生が国会を数日間包囲し、
結果、強制廃除され、多数の負傷者が出ている。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/130804

過去から学ぶ。
日本でも学生運動があった、昔。
その結果が、今。
覇権者相手に、力では敵わないんだよ。彼らの得意分野なんだから。
キング牧師は、非暴力で行進した。
でも、それでもまだ及ばない。
彼らは、非人道的だからね。

だから、彼らが知らないやり方で、
気づかれないようにしなければな、ないんだと思うのです。

これは、大変大きな課題です。
特別な事ではダメ。
みんなが知っている素材で、
組み合わせを変える。

今、この気付きを得ている人は、
少なからずいます。
でも、具体性で足踏みしてます。
もしくは、粛々と進めている。

もし、mirainomeを読んでくれている人がいたら、私は、今日、自分の気付きに立ち返り、そして、mirainomeはまだ課題を持っていることを伝えたい。

今はmirainomeは月。
土の中で大地のエネルギー蓄えています、もがき、悩み、閃き、気付き、成長しています。

そして、soranosiraは太陽。
大地のエネルギーを受けて、
育ったものがエリアを超えて
羽ばたく翼。ビジョンをつなぐ架け橋。

mirainomeは、soranositaにコミットします。

mirainomeは月。
soranositaは太陽です。


http://soranosita.tumblr.com/post/80560362134
↑soranositaブログ
(人と自然を繋ぐ暮らし)






フィールド

こわすものみつけた

ちがう芽だす

あたらしい芽

みらいの芽

2014年3月25日火曜日

まぼろし

子供の頃、
中央線のホームで思った

「すれ違う人、目の前にたまたま居合わせた人、
それら全てを記憶に留められたとしたら、
一生で何人の人に出会うことになるんだろう。。」


今、目の前を通り過ぎて行く人々。
その後ろに時間の帯が見える。

2014年3月24日月曜日

幸いに想います

さいわい
わたしのりせいは
やすむことなく
はたらいていてくれるので
おかげてわたしは
ふつうに
じょうしきてきなにんげんの
かめんをかぶり
つづけていられる

おかげてみんなは
すきかってなことを
わたしにはなしてくれます
とてもすなおに
わたしがなにをかんがえ
なにをかんじているのかなんて
しすよしもない

でもそれでいいのだろうと
はなしをききながら
おもってみたりしています
だってわたしののぞむせかいは
すべてのひとが
ありのままでいられるせかいなのですから

ただひとつ、
いまわたしがありのままのわたしを
すなおにだしてしまったら
おおくのものをきずつけ
そしてこわしてしまうということを
りせいがりかいしているということで
わたしはふたつのわたしを
ほゆうしているわけです

りせいのうしろのいるわたしは
そのりせいをそんけいしているのですが
ときにそやつがむしょうにいやになるのです
そんなときはすべてをこわしてしまいます

それでもね
さいきんおもうのです
もうこわすものもないし
こわれるものもないのですよ
ただあるのは
遥か未来の風景と
現実との狭間だけ

2014年3月23日日曜日

2014年3月22日土曜日

正常です

あなたの精神病が

正常の域を

逸脱していない


水を抱くようなものですよ

空気に抱かれし我が身は

弟橘比売命

さねさし

相武の小野に

燃ゆる火の

火中にたちて

問ひし君はも



2014年3月21日金曜日

ほとんどが
おもいこみ

ほとんどが
げんそう

だったら
とことん
ゆめを
みつづけるほうが
いいんじゃない

このせかいじたいが
ゆめなんだから

いまがすべてなんて
おもったら
おおまちがい

現実なんて
一過性

そのしょうこに
しんだら
なにも
なくなるのだから

その現実は
跡形もなく
無くなるのだから

2014年3月20日木曜日

未知る

他者の
気持ちなんて
絶対に
解らない

解らない
ということが
解るだけ

解らないと
解るだけで
充分

2014年3月19日水曜日

椿の花

私は
椿の花が
好き

幾重にも
好ろを積み
重ねたような
赤色

冬の寒さを
ものともしない
花弁

真っ直ぐ
見定める
瞳のような
雌しべ

山裾あたりに
ひときわ鮮やかに、
それでいて
周りの空気に
触れる様子もなく
ひっそりと咲いている
椿の花は、
離れて鮮やか
傍に落ちつく
なんとも
妖艶な魅力がある










2014年3月17日月曜日

いつまで
鳴り止まぬ
鈴の音が
いつまでも
鳴り響いている
今宵

また
世来る陽の
陽の出と共に
新しい
今日が始まったと
思っているのは
うそ

何も
新しくなど
成ってはいない

全ては
継続しているだけ
時間など、
切り離せる物
ではないのです

物ではないのです
愛を唄えなくなった鶯は
鳴くことをやめてしまったのです。

愛が唄えないので
鳴けなくなったのです。

心地よい音色は
愛を唄っていたのです。

春が来ることを
春があることを
知らせてくれていたのです。

2014年3月16日日曜日

カラ

手の届かないものを欲しがり
手の届くものは
既にその視界にはない

手に入れた途端に
それは、手の届いたものとなり
もう視界には無いんだ
通り過ぎてしまった過去

いつまで
どこまで
この手に触れられないものを
追い求めていくのだろう
何を手に入れたら
何も求めなくなるのだろう

未完成な生き物よ
何を手に入れても
どこまでいっても
この時が終わるまでは
完成などしないのだ

ならば、何も求めず
何も手に入れなくても
いいではないか

あるがままの姿で
いるしか無いではないか

善も悪も何もないのです。
そんなものは、
私にはないのです。

木を見るように、
花を見るように
雑草でも
蚊でも
なんでもいいから、
己とは違う生き物を
見るように
無干渉で
ただ勝手に
いろいろと
思ってもらえれば
それで十二分

勝手な解釈で、
この世は
成されているのですから。

何処まで
行っても
なんの根拠も
ないのですから

ただあるのは、
摩擦と融合からなる
覚醒の先の夢

それを現実と
理解しているだけに
過ぎないのです。





2014年3月15日土曜日

雨の日も
風の日も
雪の日も

寒風に
凍えそうな日も

照りつく太陽に
耐え難き日も

地の上が
どんなに
変化し
尽くしても
温かく
また
冷たく
私の体に
心地よき水

けして途絶えず
けれど留まりもせず
降っては
流れ出でる
地の下の
水の如く
培って
静穏なる
大切なもの

















2014年3月13日木曜日

切絵

目の前に広がる風景に
チョキチョキと
ハサミを入れたら
宇宙の果てが見えるかしら

そこには
ただ輝くだけの
無数の星達がいて
その中で
ひときわ輝く星を
見つけたの

そこに行こうと
飛んでいたら
途中で目が覚めた

もう少し
夢を見ていられたらと

眠りに戻りたいと
思っても、もう。。

今日の日は
始まっていて
戻ることは
出来なかった

一枚の切絵




2014年3月10日月曜日

眠りにつく頃に

目を閉じて
見えるのは


目を閉じて
想うのは
未来

目を閉じて
得る
やすらぎは
願い

2014年3月8日土曜日

幻想

すごく静かな夜

今日は、向かい合う人の
瞳の先にある
私ではない時の
私の世界ではない時が
私の瞳の先に
確かに有ったのです。

そして、それらは
たぶん私の世界の中に
確かに交わっていたのです。

其れらは、
私に愛を垣間見させて
くれたのです。

意図しないそれらによって、
世界はなりたっていて、
感性の泉に
作用しているのです。

なんと幸せなことだろう
。。。そう想うわたしは、
何を求め、
何に感動しているのでしょうか?

人々の見つめる世界は、
形にならず、
本当に確かなものは、
形ではないのだと。。

刹那。

その時が、
続いて欲しいと
願い続ける
刹那

人は何を求め
何処に向かうのでしょうか。

哲学の
宗教の
その先に
どんな
世界が
あるのでしょうか

なぜ人は
生き続けているのでしょうか

どうして
いきたいと
想うのでしょうか。


何を知っているのだろう。

2014年3月6日木曜日

おのれ

私は時間
何者にもなれない
ただの時の流れ

出来ることなら
あたたかくて
やさしい時間で有りたいと
そう思うだけの擬態


2014年2月25日火曜日

ブログ引っ越しました

http://soranosita.tumblr.com

最近、iphonか便利でpcをほとんど開けません。
ブロガーだと、画像が載せられなくて
とても不便を感じていて。

このブログのページが気に入ってたので、
悩んだのですが、引っ越すことにしました。

3月に入ると今期も本番なので、
農業日記を画像と共にマメに更新したいと思います。

2014年2月23日日曜日

地球という生命の営み

笹場に移住して猿の生態の研究している彼女の先導で行われた放置果樹の収穫と伐採。
今日の午前中、地元の若者中心に20人ほど集まってやりました。

彼女が移住してきて約二年経つんですね。
其の間、彼女なりに村の文化に接してきて、
少しづつ、少しづつ親睦を深めてきた。
それは、移住者の心得と知っての事。

地元の人でも、子供が小学校に通わなくなると、
地域の活動から遠のく中で、
彼女は独身にも関わらず、学校の活動やら、
地域の活動に積極的に参加してきました。
それもこれも、彼女なりに地域を思うからなのだと思います。
よそ者でも、地域愛ってあるんですよ、なぜか。

それで、いよいよ、彼女が得たデーターを生かした
具体的な獣害対策が走り出したのです。
先ずは、猿の餌となる放置果樹の撤去。
それを楽しくコニュニティーの活動として行なう。
個人の利益を得るためではなくて、
猿が必要以上に殺されないように、
また、せっかくの労が無駄にならないように、
人の営みと、猿の生態を活かす活動なんですね。

これは、なかなか難しい課題なんです。
なぜなら、村の人すべてが猿に困っているわけではないから。
イノシシに困らされてるわけではないから。
農業をやっているわけではないし、
自給したいわけでもない。
大手のスーパーで安い食材を買うことに
なんの疑問もない人もいます。
むしろ、安くなっていいとさえ
思っているかも。

農村が農村で有り続ける為の課題は大きいです。
試行錯誤の繰り返しです。
継続して行く中で、答えを得て行くしかない活動です。




生命の輝き。
凛と咲く花。
戯れる虫たち。

その中に座って、
ただ生きている。

呼吸をする度に喜びが満ちて、
なぜだかわからぬままに
幸せを感じる。

遠くから聞こえる猿の声、
フクロウ、キツツキ。
その存在を感じる
別世界の生き物たち。

一定の距離間を持って
共存する命たち。

地球という生命の営み


2014年2月22日土曜日

おばあちゃん

今日、みかん摘みイベントの道具を借りに、
文旦畑の持ち主のおばちゃんのところに友達と行きました。
以前一度さぎたで会った以来、会うの二回目だったんだけど、
私に会うなり、
「会いたかったのよ」
って言われて、わたしも
「お話いただいてありがとうごさいます」
って、握手したの。
すごく嬉しかった。

細かな理由はわからないけど、
私を覚えていてくれて、
畑の継承者として、わたしに声をかけてくれた。
その事が嬉しくて、そのお礼を言いました。

その後、一年を通してする作業を教えてくれて、
本当に感謝の言葉もない。
単純にうれしいって気持ちだけじゃなくて、
その歴史や、私には計り知れない思いもあるのかなーなんて、
静かな感動がありました。

「急がなくていいから」
って、ありがたいお言葉もいただいて。

おじいさんは、ボケていて、一見普通に話せるけど
すぐ忘れちゃうんだって。
おばあさんは、足が不自由でもう山には入れないから。

ぜんぶ整ってるところ。
販路もある。
ぜんぶ教えてくれる。
とてもいい話なの。
でも、この山を私に継承維持する力あるのかなって、
その事をかんがえるのです。
その力があればいいのにな。。
あるかな、できるかなって。

友達は協力できるよって言ってくれた。
その力もある人だし、流れもある。
私もその方向に動いていることは分かる。
でも、まだ自信がない。
もう少し、経験が必要です。

どうか、今ある温かい気持ちが続きますように。
そして、文旦畑が元気であります様に。

なぜか、なぜだか胸がいっぱいになった一日でした。


2014年2月21日金曜日

田んぼ

今日の作業予定を完了、pm4:00。

9時に友人宅へ、そのまま矢井賀のおじさん宅に
もみ殻を取りに行きました。

軽トラいっぱいにもみ殻を入れていたら、
おばさんが来て話しながらの作業。
畑の話やら、野菜つくりの話やら。
木を焼いた炭を入れるとほうれん草が
よく育つって、畑に連れて行ってくれて、
入れてないのと入れたのと
両方見せてくれた。
なるほど、入れてる方がよく育ってた。

帰りに大根とにんじんとネギくれました。
赤ネギって言って、ぬたで和えて食べる
専用ネギなんだって。
すごく美味しいって、早速今日の夕飯にだそ。

そのまま田んぼへgo!
まず、もみ殻撒いて、次にemボカシを撒きました。
em菌は賛否両論あるみたいですね。
これがなんなのか?っていうのは、知識として読んだけど、
今年はこれで行くのことにしました。
植物性の地産である事を確認したので。
一番は、今回広げた田んぼの
土壌を改良したかったから。
今の状態で活性化させたかった。
サポートしてくれる要素が欲しかったのです。
しばらく愛されていなった田んぼだと思ったから。

これで安心。美味しいお米できますように。
結果がどう出るかな?

田んぼに有機物撒くときは、
そこに住んでいる微生物に餌を
あげてる気持ちでまくの。
そうすると楽しいのよね。
育ててる感じがする。
同時に土と交信してるかんじ。
理屈じゃなくて感じてる。
通じてる感じがすると、気分が良くなるのです。

予定通りすすんでスッキリ。
本当に仲間っていいよね。
なんていうか、それだけでいいって思う。
一昔前は、本当にこれだけで良かったんだなーって、
必要で有効な時を育てる作業です。
生かされてるなって思うし、
活きれてるなって思う。

時に種を撒く。

風になびき
土に留まり
空高く伸びゆく命

一つ一つの命が描く
未来のゆめ


もみ殻を撒いていたら
田んぼの真ん中につくしが生えてた^ ^
春だなーって、嬉しくなりした。

スマホからの投稿なので、画像を載せられない残念。
またの機会に。

さぎたの浜から。。

イベント

高知でイベントをしようと思っていて、
そのための動いています。

高知は国民休暇県って知ってましたか?
全国に休暇村っていうのはありますけれど、
休暇県って聞いたことない^ ^
高知はそれなんです。
なんだかわかるわ。
山岳部は寒いけど、沿岸部は暖かいし、
海の幸、山の幸に恵まれていますからね、
経済活動に熱心でなくてもそれなりに豊かなんです。
加えてライフラインが整ってないので、
外から入るのに不便ですね。
今はそれでも高速が伸び続けているから、
便利だけれど。

そんなことで、休暇県にふさわしいイベントにしたいと思っています。
誰もがくつろげて、交われて、楽しんで、刺激的なやつ。

一昨日、一回目のスタッフミーティングをやりました。
集まったメンバー、かなりいい感じ。
ファーストメンバーで総勢9人、
今後も増えるよていです。

みんな近い年齢で、他県からの移住者。
みんな高知に歓迎されてあっという間に
移住してきた人達。
各々、個性的な生活を営んでいます。

そんなメンバーで始まった
ミーティングは楽しいね。
創造的だし、一人ひとりの役割が
既に整っている予感がしてます。

いつもメンバーを集めてくれる彼。
彼の集める仲間はいつもいいんですよね。
人徳ですね、本当に素晴らしい。
必要な人を無意識に集める才能がある。
なので、今後の展開が期待できます。

大きなテーマは開放と融合。
このテーマを体で感じて
もらえるような構成にする。
これが私達の仕事です。

今回のスタッフメンバーに
「やってよかった、楽しかった」
って、思ってもらえるように、
みんなの才能を活かしていきたいです。

今日は、田んぼにem菌ともみ殻を撒きます。

いよいよお米作り本シーズンに入ります。
ことしは新たな試みがどうなるかあ。
まだまだこれから!マイペースですすも

2014年2月17日月曜日

森は落ち着く

今日から指輪作りを始めました。
今月中におおかたの形を作りあげたいと思っています。
作業を始めてから、集中力が高まり出して、
一定のレベルまで上がると形が先に現れるようになって、
実質、全体の形が出来るまでは、
意外と短時間で進むのですが、
気が整わないと手が付けられないので、
いつでも直ぐにできるわけではなく、
トータルで相応の期間が必要になります。
ようやく、作りモードにはいりましたが、
3月に入ると農作業の方もオンシーズンに入るので、
雑多にならぬよう、計画的に進めたいと思っています。

二月中に果樹の剪定を終わらせなければならないのですが、
今、休憩がてら森の奥に入ってみたら、
友達が結構進めてくれていた(^○^)さすが!

都合を付けてもう少しぽんかんを剪定しないと。

田んぼに耕運機を入れる手筈を電話で整えたので、
来週早々に、トラクターはいるかな。。。

それと、新規就農助成制度の申請を進めています。
昨年もトライしたのですが、都会からの移住者で、
且つ、農業の経験ゼロということで、無理でした。
まっ、簡単な話が、
「ほんとに貴方をできるの?」
ってことです。
しかも、女で。。。
何度も「男手があればねー」と言われましたから^ ^

初めは、そりゃー男の方が力あるし、そういう考えあるよね。。
って、なんとも思わなかったんだけれど、
何度も言われると、だんだん、
「もしかして、農業の世界って意外と男女差別あるのかも。。」
と思い出した。そう、男女差別あるのよ。
力仕事だから、基本。

その割りにみんなほぼ機械化してるけどね。
むしろ、私の方が肉体労働してました、
他の農夫に比べて^ ^、機械もってなかったから。

なので、しょうがないなーと、一年やって見せるしかないか、
ということで、かなりムキではあったかも。。
だいたい、今時、わざわざ見かけ悪くて、
しかも、苦労の二文字が付いて回る仕事に誰がつきたがる?
ただでさえ、農業人口減っているのですから、
都会の軟弱ものでも出来るんだって事にしないと、
扉は開かないのではないのか??
なんて持論もあったりして。
やってやろうじゃないか!って感じでした。

それで、やって見せてので、今年は行けそう。
県の人もきて、書類等の手続きすすめています。
ただ、今年は
国の政策の変わり目ということで、県の職員の方も
わからない部分があるとか。
早くても七月認定との事でした。
そのための書類作りも今からはじめます。

新規就農助成制度については、昨年中は、
あまりの矛盾に、言葉もなく、いや、今言っても
負け犬の遠吠えになりかねないとの思いもあって
口をつむっていましたが、今年はこれがどういうもので、
どんな行程を踏むのかについて、つたえられたらなーと思います。

新規で就農するには、時間とお金と一定の覚悟が必要なので、
農夫になってもいいのになーと思っている人の
参考になれば幸いです。


森のやすらぎ

森の風
森の音

空と土との間に根を下ろし、
大地をはってやすらぎを得る

広がりゆく空を前に
ふかく また ふかく染み入る
時のつばさ




2014年2月16日日曜日

石の魅力

昨日から高知はいい天気。
日中、太陽が出ているときは春のようです。
静かな空気、小鳥のさえずり、本当に穏やかです。

そんな空気の中でようやく手を付けるモードになってきたぞ!と、
リングのオーダーを貰っているスターサファイアを見る事にしました。
急に作業に入ることが出来ないのはいつものこと。
まずは石を見てみようなかー。。。って感じで入っていくのですが、
やっぱり^^石みると、一気に作りたくなるモードに変わるワ。。


 
 
 
 
 
 
 
 
きれいだなー。。石の力。
で、作る時間を確保する運びとなるのでした。

時間を感じる事のない時の壺。

時間から解放されたい。。。。

2014年2月14日金曜日

新年度が始まる前に

久しぶりに日常からすっぽり離れた時間を過ごしました。

人口密度のたいへん低い過疎地では、人一人の存在はとても大きいんです。
何かすればすぐに噂になり、それだけならまだしも、尾びれが付いていきますから、
自分の言動は慎重にしなければなりません。

手前に大きな門があって、その門はいつでも開いているのが田舎です。
誰でも入る事は出来るんですね。
でも、その門を入って、いい景色や美味しい空気を楽しんでいると、
また門が現れます。

この門は先の門よりも小さくて、すこしかがむように入るのです。
ここで、みんなはお互いに物の交換をしたり、情報の交換をしたり、
同時に、多岐にわたって助け合う事をしながら、個人の生活と、
集落のモラルを守っています。

次に現れるのが、更に小さな門で、この門は閉じています。
この門の中に入るには、幾通りのも関わりと、共に過ごした一定の時間が必要なんです。
私は、この門の前にたどり着くのに三年弱の時間を要したのだと思っています。
私の人となりも勿論大事な要素なのですが、それ以上に時間が大事なのだと思うのです。

なぜかというと、村の人たちは、物質的に豊かな世の中にあって、
昔から変わらぬ営みを続けている人たちです。
一時期の繁栄の時代から、現在の過疎に至るまでには、
さまざまなドラマがあったのだと思います。
百姓が大変だから、自分の子供にはもっと安定した仕事につかせた。。とか、
直ぐに噂が広まって、窮屈なこんな田舎はうんざり。。と
都会に出て行って帰らない人がたくさんたでしょう。
でも、そんな時代の中で、それでもこの村に留まり、営み続けている人たちには、
言葉はさほど大きな意味を持たないと思うのです。
出来るのか?出来ないのか?居続けるのか?出ていくのか?
結局はそれなんだと思うんです。
居続ける事を選んだ時に、初めて開かれる門があるのですね。

暮らしの中で、人に助けてもらう事が不可欠な田舎暮らし。
助けて貰ったら、必ず助け返すのがルールです。
はなからお金との交換で労力を得るというやり方をしていると、
私という人間がお金になってしまうという事もあるので、
まずは恩に授かる事をあえて選んできました。
お蔭で沢山の人に助けてもらうと同時に、
何か、喜んでもらえたような、そんな気がしています。
それは何かといえば、助けたことで、助かった人がいる。。
そういう喜びなのだと思えるのです。

人に助けてもらうのは、大変な事です。
なぜなら、私自身が元気で明るく前向きである必要があるから。
どんなに辛くても笑っていて、元気で楽しんでいるからこそ、
助けてもらえるのです。
だって惨めじゃないですか。しょんぼりしてたら。

「私は、あなたに助けてもらって、これだけのことが出来ました」
って、そういうのが良いと思って。
プラスだったんだって事でないと、惨めですよね。
マイナスを埋めるために助けてもらうのは気が進みません。
でもプラスを重ねる為なら、人に助けてもらえます。

そうやって生きていると、いつも一定の姿を保たなければならない。
明るく、元気で、いい人。。というライン。
勿論、遊ぶときは別ですよ。お酒飲んでバカ話して、軽く冗談でダメ話もしますけど、
本当にダメにはならない、絶対に。弱いところは出せないんです。
すると、孤独を感じるときが生れます。
期待にも応えなければならない。。って、
そうすると、孤独になるときがあります。
ダメ人間でいたいって思ったりするんですよ、贅沢な話だけど。

今回日常からすっぽり離れて、かなりダメ人間な時間を過ごしました。
自分の欲にすっぽり浸かったのかな。
お蔭で、最初から最後までほんとーに大変だったー。
でも、お蔭でダメ時間を満喫できた。もう、十分満足です。
ここでは言えないくらい、私にとっては大事件が起きたのですが、
危機一髪のところで救われて、改めて感謝の気持ちが生れました。
私がこんな姿でいても、助けてくれる力が働いているのだなーと、
心の底から有り難い気持ちでいっぱいになりました。

人と人との出会いって面白いですよね。
今回の旅で、はじめに宮崎の地鶏の焼き鳥屋であった人達。
なんか話があって、すごく楽しい時間を過ごせた。
facebookでも繋がったので、今後も日常を離れたところだからこそ有な、
そんなやり取りが出来たいいいな。

あと、もう一軒友達に連れて行ったもらった飲み屋さんの店主とも
HPで繋がって、ありがとうございます。
生姜を送ろうと思っています。
オーガニックの八百屋さんに卸してはいるのですが、
料理して出すお店に送ったことはないので、
私の作った生姜が料理されて、お酒のおつまみになるとしたら、
それはとっても嬉しい事です。

今回の休日。
全く違う世界を垣間見ることができて実になった。
私は、いろいろ考えるんだけど、とどのつまりは循環することしかできないんですよね。
でも、一方でそれを信じていたりもするのです。
幾つかの可能性を分かった上で、流れに逆らわないでいるやり方。
何かに忠実に生きているのですが、それを世間では神様って言うのではないかと、
勝手に思っているわけです。

神様って名詞には誤解される要素があるようなので、あまり使わないのですが、
私は神様って有物ではなくて、気みたいなもので、
その多くは人を介して現れるように感じています。
そういった意味で、今回の旅でも万物の神様に最後は助けてもらったなーと。

今日は高知は雨。 

午前中に高知で行うイベント企画の経過報告を電話で伝えたところ、
願ったりかなったりのコメントをいただき、
引き続き、同方向で進められそうです。
まだまだ課題が多くあります、特に資金問題。
企画力で突破できますように。。。

あと、都内のオーガニックショップに生姜のサンプルを送ることになりました。
始めからとってもいい感じで話ができたので、このようなお店への営業は気が楽です。
以前、ジュエリーで、ビームスとかの大手アパレルを相手に営業をしていた時期があって、
その経験でかなり鍛えられてはいましたが、営業ってどちらかというと好きではないです。
でも、生姜には自信があるので、その点は楽かな。

次に晴れたら、果樹の剪定と周辺の整備をしよう。

今の段階で。。

(水苗代)・・EM菌と雑草をすき込み完了(二月の一週目)
(田んぼ)・・周辺の草刈済 (一月下旬)
(果樹の剪定)・・・一部済

この後の予定。。。

(田んぼ)
・・・米むか、EM菌を撒いた翌日にトラクターをかける(二月中旬から下旬)
 
・・・もみ殻燻炭を作る

(果樹)
・・・二月中に剪定を終わらせる

(彫金)
・・・ワックス作業始める。。早々。

(助成金の申請作業)
・・・領収書の整理、記帳
・・・販売先、単価、送料の記帳


ずらっとこんな感じか。。
こなせる内容だけど、ぼけては居られないぞ。
マイペースで落ちなく進めないと。

今日は、夕方長女の高校入試の発表日です。
アニメを書くことに夢中になっている彼女。
年末に手に入れたアドビのソフトを使って腕あげてます。
進学先も、ギリかなりハードル下げてきた。。アニメを書きたいからだって。
母目線で長女は、我が家の中で最も世間体を気にするタイプだと思っていたところが、
意外な選択。進学校にも行ける実力がある子なので、
わたし的には良い選択をしたなー(世間の親はどうなんだろう??)
と喜ばしく思っています。
勉強が好きでもないのに、進学校行ったって辛いだけだもんね。
だったら、好きなアニメを書く時間がとりやすい学校に行ったほうが良いよ。
しかも、その高校からアニメイトが近いらしく、うほうほしてた(^^)

自分の人生生きてるね。
将来が楽しみだ。






2014年2月9日日曜日

都知事選挙の投票率の低さに唖然

舛添228万3千票当選か。。
組織票で予定通りに当選できるってすごいですよね。
組織外の票が力を持たないって状況は、
投票率の低さに起因していますね。

個人で考え、個人が一票を投じない俗世。
大人の社会的責任はどこにあるのだろう。
これで、自民党の政策が更に通りやすくなりますね。

辺野古移設や原発の再稼働、
TPP、ブラック企業の横暴、経済特区、
海外労働者流入に伴う賃金の低下、
益々、企業が潤い一部の富裕層が優位に立つ
社会なるのではないだろうか。

消費税、国保、自動車税、所得税も上がって、
年金、生活保護、扶養手当は下がる。
この不況の中で、税金を上げて、手当は下げる。
誰のための国政なのか。











今を生きるか

今日は蒔きストーブの蒔きを沢山作った
これで、しばらくは、家族安心。

朝、おしょうさんから電話。
田んぼにトラクターかける約束を今週中に
してたのだけれど、そのことで。

「雨がふったきー、今週はできん、
14日以降、連絡してや」

わざわざ電話してくれて
ありがとうございます。
かなり、特殊な経歴の人だけれど、
ハート整ってます。

よく考えて、腑に落ちたら
あとは流れのままで行く主義

今の日本は豊かだからね
楽しいことは日常に溢れている

何かにしがみついてると
それも逃しちゃう

とくに今は、あちらこちらで
気の効いたグルーブ起きてる

自分の流れを楽しむか

勝手につながる人とは繋がってるからね


2014年2月8日土曜日

時の旅人

たくさんの気持ちの中の
ひとつを言葉にしたら
その言葉に足が付いて
手が付いて、顔までついちゃって、
ひとつの言葉では無くなってしまった。

ずっと ずっと以前から
何度もあったことがあるって
そう思いこんでたら
時間をまちがえてしまった

時間とか
距離とか
そういう物理的な世界に
生きるのはとても難しいね

ひとつのことばが
服までまとっちゃって
。。。

この世界は目に見えない
いくつもの幕が張っているのを
忘れてたのかもしれない

何が起きたのか知りたい

何が起きたんだろう

生まれてから今まで
何があって、どんな思いをして
何を悟ったのか?
そんな事すべてを知らないんだもんね

時間を紐解きたい

2014年1月29日水曜日

田んぼの準備進んでます。

今日は、朝から田んぼの草刈をしようと、
軽トラに乗って、たんぼへGO!
マニュアルも少し慣れてきて、今日は田んぼにつくまで
一回しかエンストしなかった(^^;)
前回は初回で二回エンストして、挙句の果てに
バッテリーも上がってしまった事に比べれば、進歩してる。

田んぼに着いて、さー草刈!と思ったところが、
「あれっ?」
刈られてる。。。

おばちゃんが刈ってくれてたみたい。
助かりますおばちゃん。
七十くらい(もっといってるのかなー?)のおばちゃんが草刈機で草刈するんだよ。
凄いよね。80歳くらいのおばちゃんもしてるんだから、頭下がります。

お蔭で、予定よりも作業が進み、とってもきれいになった。
刈った草を田んぼの中に入れて、これをカッターで細かくし、
漉き込みます。
午後に、”舟”のまっちゃんと二人で作業予定。

なので、お昼前に上ノ加江モーターズの実家の倉庫に草カッターを借りに行きました。
軽トラで。。。調子に乗って。。。マニュアル感楽しくなってきてる、楽しいね。

午後、友達と二人でカッター作業。
二人だと捗る。
作業時間が半分だもんね、早いよ。

そんなんでかなり作業が進み、この後は、

・水苗代に耕耘機を入れて雑草をすき込む。
・田んぼにEM菌を撒く。
・米ぬかを地道に集める。

この作業を二月の一週目前半までに済ませておけば、
あとは、二月一週目後半におしょうさんがトラクター入れてくれる段取り。
3日あればできるかな。

二月中に果樹の剪定も済ませなければならないのですが、
順調に進んでいます。出来そう。
果樹の剪定が好きな友達がいてね、
昔、無茶茶々園(字が違ったような。。)にいたことがあって、
柑橘の木に詳しい上に、剪定が好きなんだって。
時間作って来てくれるんだけど、

「わたし、剪定好き♡」

って、にっこり笑って言うの、かわいいよね。
楽しんでくれると私も嬉しいし、楽しくなる。

mirainomeこんな感じで今年も順調に進行中。

田んぼの仕事って本当に面白い。
仕事終わると元気になるの。

今、耕作放棄地が増えていて、もともと田んぼだったところが荒れ地になっていっている。
既に荒れ地になってしまった所がいくつもあってね。
これもその一つ。



田んぼだったんだよ、ここ。
おじいさんが生きていたときには、お正月に使うお米を作っていたんだって。
田んぼを貸してくれているおばちゃんが言ってた。
当時の光景が目に映るようだな。




ここも昔は水路だった。
この水路から田んぼに水を引いていたんだよ。
今は水がないの。
山に手を入れなくなったからだって。
間伐しないから、雨水が地面に届かなくなっている。
地元の木で家を建てなくなっちゃったからね。
輸入建材。須崎港にニュージーランドから入って来てるんだよ。
循環が途絶えてしまっていて、それが農業にまで至ってる。
今、踏みとどまらないと、悪化する一方だ。

そして、獣害。
山と里の境界が曖昧になってきていて、イノシシが里に入ってくる。
農作物が被害に合う、だから殺す。

私の田んぼにも去年は入ってきたよ。
だから、今年は、境界をはっきりさせるために草を刈るの。
入ってこないでね。ここは人里だからね。





草刈っていると、石垣が出て来たりする。
先人が労苦、蘇る。

田んぼの仕事は、ご先祖様と一緒に働くという事なんだよ。
一代で出来る仕事じゃないの。
何代も続いて、初めて出来るんだよね。
だから、作業中には度々過去の人や風景を垣間見る瞬間がある。
そして、未来を築くんだ。
今年も美しく実る稲を想像しながら、
草を切り、撒く、夕暮れ時。

時間の枠から解放される心地良さ。

多くの人に伝えたい、こんなに素晴らしい仕事があるんだよ。
しかも、みんな食べるでしょお米。
とってもシンプルな作業なのよ。

今年の種籾撒きと田植えは、一緒にやろうね仲間たち。
声かけるから、楽しいよ。

私は、農作業従事者になるハードルを下げたい。
おじいちゃんやおばあちゃん達みんな言うんだよ。

「大変やき」

って。

大変だよね、でも楽しい。

農協の人も、行政も重いんだよね、とっても、ネガティブなの。
それじゃー、農業やらないよ、出来ない。
だから、都会でパソコン仕事、すわり仕事しかしていなかった、
しかも女性が出来る農業なら、出来るかも?って思えるかもしれないじゃない。
「この人でも出来るんだ」って、「自分も出来るかも」って思ってくれるといい。
簡単だし、楽しいよ。
ハードル低い方がいい。
高いところが良いわけじゃないものね。

田んぼは1人じゃ出来ないから、
これからどんどん人増やしたい。

やってみたくなる農業を目指すよ私は。

読んでくれてありがとう。

是非、お米作ってください。


2014年1月28日火曜日

出荷一先ず完了

全部で、ぽんかん250kg、文旦60kg発送しました。
発送業務も一仕事ですね。

旅立った柑橘達、喜んでもらえるといいな。。
相手に無事届くまでは気になる。

そして、久々の腹痛。
なんとか切りのいいところまで終わらせて、
その後しばらく安静。
久々の夕寝。

おちついてきたので、そろそろ動くか。。

今日も今日の風が吹いたなー。

明日も明日の風が吹くか。。
出来れば明日は無風がいいな(^^)

2014年1月27日月曜日

ポンカン発送

座間宮がれいさんってしってますか?
今、ネットの世界では旬な人。
彼のアグレッシブな言動に導かれて、
いろんな縁が繋がれています。

その一つ、「ひっくり返す大百姓帝国」
から繋がったシステムDの友達が
ぽんかん売ってくれてます。
私は、今あるものを喜びにしたいだけ。
送料は欲しいけど、販売価格はおまかせです。


疑心はありません。
あったことない人ばかりだけどね。
信じる力、その根拠は、私だけのものです。

そんな信頼関係の中で、
今日も「空の下」こ仕事が出来ました。
沢山出荷したんだけど、間に合わなかったものもあるので、
また明日します。

今日は朝から四万十町に出荷用の
生姜取りに行きました。
和尚さんのとこ。
で、和尚さんといろいろ話して、
生姜の加工品について勉強させてもらった。

明日は田んぼの草刈りもしないと。
出来るとこまで進めよう。
友達に声かけて、
午前中は出荷して、午後は草刈りだ。

明日も早終わりそう。

毎日、充実してます。

明日は明日の風が吹く。

今日も無事生きられた。
生かしてくれた全てのものへありがとう。



2014年1月25日土曜日

水苗代の準備始めました

今年も水苗代で昨年同様に一反分の苗を作ります。
昨年は1本植えでしたが、今年は2本植えにするので、
種籾は2キロ用意。
加えて、一反5畝田んぼを増やすので、
その分を踏まえて、全部で6キロ種籾を確保しました。
3月には苗作りが始まるので、田んぼの土作りと苗代作りをいまからいます。
土作りが遅れると全てがダメになるので、
予定通りに進めねば。。。

今年一反5畝増やす田んぼには、
可能な限り、機会を入れるつもりです。
トラクターと田植え機とバインダー
を予定してます。
田植え機を使うとなると、苗は箱でつくることが必然となるのですが、
箱苗については、オリジナルで行きたい。

慣行では、箱にマットを引いて其処に種籾を密に撒きます。
もちろんマットには化学肥料がふくまれていますので、
これは絶対に使いたくない。
となれば、土を使うのですが、
田植え機の性質上石等が混ざっていることは許されません。
機会が壊れてしまうので。
ですので、さらさらの土であることが要求されます。
これはつくるしかなさそうです。
ザルでこすことになりそう。
薬漬けで発芽させるわけにはいかないですからね。

無農薬無化学肥料で、田植え機を使うのには、
手植えとはまた違う課題がたくさんあるのですね。
いろんな人の意見、経験を参考にして、
その中で自分のやり方を模索しています。

今年は、昨年とは違う意味で勉強することが多いです。
それは、一個人の世界から、他人を巻き込んで行く、
ある種の世界拡大に伴う課題です。

他者を巻き込んで行く事や、
人の輪を広げていくことに伴う喜びは、
一人の世界に比べて華やかで、
その喜びや獲得するエネルギーと大きいですが、
同等の課題と責任が着いて回るので、
自分のキャバを冷静に見つつ、しかし、
アグレッシブに進んで行きたいです。

そんな事で、昨日は苗代の草刈り。
刈ったくさはこの後は、えひめIをまいて、耕運機ですき込みます。
そして放置。この土で箱苗の土も取りたいです。

自分のこだわりを崩さず、どこまで近代化できるのか?
今年は新たな試み、実験です。

この日は軽トラで初出勤?
マニュアルなんて20年前に教習所で練習した以来、
一回だけ練習しただけ。
いきなり本番(^^)まっ、いつもいきなり本番型なんだけどね、私は。

案の定、エンスト二回。
挙げ句の果てにバッテリーオーバー。
これも大した事じゃ無いけどね(^^)

私の農業記、昨年は作る事だけだったけど、
今年は売ることも加わってきてる。
たくさんいろいろあって、どこから書こうか。。

えーと、一つは生姜の販路ね。
システムDというネットワークがあって、そこで動いています。
あと、インターネット、知り合いつながり等。
この生姜は大変好評です。わたしも他と比べて自信ある。

あと、ぼんかん、文旦もいきなり販路拡大で、人の縁に恵まれ感謝が尽きない。
引き続き、私は私のビジョンを確かなものとするため精進します。

あと、地域活性化プロジェクトが動き出した。
助成金がおりたので、これを利用して、放置果樹に手を入れ、
生かして行く取り組みです。
3月末までに一つ形になる予定。

あと、別件で高知で大きなイベント企画が走り出してます。
今、都知事選盛り上がってきてますね。この後も各地で選挙が続きます。
今を生きる私たちは、何のためにどこに向かうのか?
大切なものは何なのか?
どうなりたいのか?
いろんな事を見出して行かなければなりません。
そのために、一定のビジョンを打ち出し、
そして、それに伴うエネルギーを確保しなければならない。
そのためのムーブを起こすイベントにしたいと目論んでいます。

あと、中土佐町の町議会議員に、大変お世話になってる先輩がなりました。
彼は、この過疎地再生に人生掛けてる。
たのしみです。

そんなこんなです。

今年はどうなるんだろう。。。
とにかく私は、私の出来る事をやるしかない。
足元固めていこ。

2014年1月17日金曜日

田んぼの草刈進んでます。

先日、友達3人で田んぼの草刈をしました。
三人いると進みが早いですね。

ぼうぼうの草を刈り取っていくと、そこには石垣が。。
一部、腐葉土で朽ちてしまっている部分もありましたが、蘇りつつある風景。
石垣っていいですよね。私は好きです。
先人の苦労を無駄にしない。
風景が蘇ってくる瞬間に湧き上がる高揚感は、
何物にも代えがたい喜びです。

耕作放棄地といえども、誰でも買えるわけではありません。
一定の基準を満たして農業従事者と認められなければ、
農地は買う事ができません。
この田んぼは借りているのですが、
お米を作る事で、景観も整えることが出来るんです。
農業は食物を作るだけでなく、景観をデザインすることも出来る、
大変素晴らしい仕事です。


私が女性なので、当初はみなさん女が一人で出来るのか??って、
思ってたと思う。
でも、昨年一年やり遂げたことでみんな見る目変えたはず。
そして、今年は、あちらこちらで協力者が増えています。

先日も以前から何かとお世話になっていたご夫婦から、

「うちのたんぼも使って」

って、沢山話を聞いてくれて、してくれて、なんとありがたい事だ。

既に今年は一反5畝増やす方向で動いていたので、

「本当に嬉しい話でありがとうございます。ただ、まだ私の実力がなくて
これ以上今年は増やせないので、また、その時期がきたらよろしくお願いします」

と、丁寧にお礼を言ったところ、

「うちにある農機具全部使っていいから。。」

と言ってくださって、本当にありがとうございます。

早速、今日倉庫を見に行ってきたのですが、全部ある(^^)
トラクター、管理機、コンバイン、乾燥機etc
凄いよ。
今度、詳しい友達と一緒に改めて見に行くことにしました。

今年は、人のつながりが早い。
年末から始まって、次々と繋がっています。
これらの出会いを無駄にすることのないよう、
更に実力をつけていきたいです。

それと、生姜の販路を開拓中。
日に日に自分が作った生姜の旨みに気づかされているきょう今日この頃。
売るのって、ちと気が引けるところがあったんだけど(商売人じゃないので。。)
これだけ美味しいなら売らなきゃ生姜に悪い気持ちになってきたのと、
これなら喜んでくれるんじゃないかなって、強く思ったので、
早速、兵庫に住んでいる友達に相談したら、
取り扱ってくれるって事になって、
しかも、私の言葉信じてくれて、サンプルなしでいきなり取引してくれるって(^^)
人と人との繋がりに感謝。。。人間ってすごいよ。

なんだか、面倒なシステムの中で生きてる人多いけど、
例えば、不動産とかもそう。
家借りるのに不動産通して、敷礼払って入居して、管理費だの、保証人が二人とか、
本当に目的にたどり着くまでにとにかく面倒な事多い。
でも、ここは違う。そんなのいらない。
信用は対面して、対談して、心交わしたところで初めて作られるもので、
それがあれば、ペーパーなんていらないの。
何よりも人と人との信頼関係で動いてる。
これって本当にすごい事ですよ。

真実はいつも人の内にある。
真実ではないところで、混乱に陥っている事って多いでしょ。
目を覚まして、自分の心の目で世界を見渡せば、
問題なんてほとんどない事に気づくんだよね。
ただあるのは、じぶんが成長するための課題だけなんです。

もう一つ。
天使が現れて薪ストーブ設置してくれた。
昨年友達から安く譲ってもらった薪ストーブ、今年設置は無理と諦めていたところに、
突如現れた天使。

「薪ストーブ使わなもったいないろー」

と、無償で設置してくれるとな。

これは有り難いと、一気にエンジンかかって、土間の片付け開始。
翌々日に設置に来てもらいました。
薪ストーブサイコーーーー。
温い。。。ほっこりする。。。。。

 

ほぼ半日かけてつけてくれて、感謝します。
もちろん、感謝の気持ちを込めて何か喜んでくれるお礼をします。

都会なら、その多くが設置代いくら。。。って取引でしょ?
でも、違う。交流重ねて、そんなの不要だよって言ってくれる。
この人たち凄すぎたよ。
でも、私の気持ちが済まないので、喜んでもらうお礼をするの、私なりの。
お金挟まなくても成り立つ仕組みがこんなにあるなんて。
こんなやり取りがあるって事を、もっとみんなに真面目に考えてほしい。

年明け早々、こんなことの連続で、
喜びを得るたびに身が引きしまる思いです。
この言葉を生姜を引き受けてくれた兵庫の友達に言ったら、

「気楽に、、いつもの通りで。。」

って言ってくれた。

いつもの通りで。。。そう、いつもの通り、
自分以上の幸せに心から感謝する。

誰も傷つけず、ただ、目の前にある風景と、人の笑顔の中で生き続けられますように。







2014年1月11日土曜日

田んぼの草刈

新年になって10日が過ぎ、昨日は春の田植えに向けて田んぼ周辺の整備に取り掛かりました。

その前に、今年は田んぼを一反分増やす予定でいるので、新たに借りる田んぼ探し。
昨年末、農林課の方から
「田んぼを使ってくれる人を探している人がいるので見てみませんか?」
とメールをいただいていたので、早速その方と持ち主のお宅へ伺いました。

行ったところが、昨年のお米収穫時にスイカを差し入れてくれたおばちゃんで、
以前生姜のバイトも一緒にしたことのあるなじみの方でした。
アンド、私が借りている田んぼの隣の田んぼだったので、場所としては好都合です。
同じ場所だと作業効率が良いんですよね。
広さは一反五畝、広い。

農林課の方が仲介に入る余地なく、話が進み、
「作って見なさいや」
と言っていただけたのですが、問題が一つありました。
それは、その田んぼのすぐ隣でもお米を慣行で作っているので、
無農薬でお米を作る事で、迷惑と思われるとダメなんですね。
具体的には、虫が飛びますから。。。
虫目線では、
(農薬を撒かれた田んぼから無農薬の田んぼに逃げてくる)
という事だと思うのですが、慣行の方目線はそうではないんです。
(お宅の虫が飛んで来る。。)
なんですね。
なので、隣の田んぼの方にはお断りをいれて、承諾いただかなければなりません。

因みに、有機無農薬認定をとるには、自分は無農薬で作っていても、
隣の田んぼで農薬を使っていてはダメなんです。
空気をつたって流れてきますからね。
私は、この認定にはこだわらないので、関係ないですし、また認定に拘るよりも、
死んだ土地を生きた土地に変換していく方が大事だと思っています。

話を戻して、早速その足で、隣の田んぼの持ち主のところへ。。
この持ち主さんは、すでに私が借りている田んぼの持ち主さんなので、
気楽ではあるのだけれど、隣で無農薬栽培というのはどうなんだろう・・と、
なんて言うかなー。。。なんて思っていましたが、あっさり、「つくりや」と。。
本当に、有り難い。私のことを嬉しそうに見てくれるのも凄くうれしい。
ところが!新たな問題が一つ出現。

「あそこは、生姜を作ったきー米は出来ん、この辺の人はみんなしっちゅーきー作らん。」
「出来てもお米がパサパサ美味しくないから進められん」

と。。そうなんですね。。おじさん。。。

「そうか。。わかった、もう少し考えてみます、ありがとう」

「まー、つくってやれば助かるきー、つくりや、でも美味しくない。
売るがやったらえいけど、自分くで食べるんやったらいかんで。
だいたい、仁淀米(ブランド米)っていったって、本当がどうかわからん、混ぜちゅーやろ。
生産者は嘘言わんけど、売る方は混ぜてる可能性がある。。」

などなど、この土地で生きてきたご年配の方のお言葉は真実を語ります。

「そうか、、わかった。また来ます。今年もよろしくお願いします」

おじさんの話をうけた農林課の方が、

「生姜の後にお米を作った人がいるので、その人にノウハウを聞いてみたらいいですよ。
生姜の後の田んぼでも一等米が出来てますから」

とな。。ノウハウを持っている方も知っている方なので、
是非、近いうちに話を聞きに伺いたいと思います。

なんで生姜の後の田んぼでお米がだめなのか?についてですが、
一つには窒素分が多いという事、もう一つは、
耕盤が壊されていて水がたまらないという事が挙げられます。
無農薬無化学肥料で作りたい私目線では、慣行農法の生姜栽培はガンガン農薬使うので、
それがどの程度残っているのかが最も気になるところですね。
ただ、耕盤が割れていると地下に農薬も沈むので溜まっていることはないと思われます。
始めにこの事実を知った時には、この田はダメだなーって、考える余地ないなーと思ったのですが、(待てよ。。)と思い出しています。

(待てよ。。)の理由は、

・同じ土地で広げたほうが作業効率がいい
・今は多少のデメリットがあっても、改善することは可能で、その先のメリットは大きい
・いい土地ばかりを求めていては、村全体は潤わない
・縁のある土地、新たな生産者を求めている土地に関わることに意義がある。

無農薬無化学肥料の畑や田んぼを増やしたいのなら、
(目の前にある土地から何とかしなよ!)って、
それが私のスタイルなのかもしれないなー。。なんて考えてしまう。
他の人に言わせれば、(もっといい土地あるのに。。)って事なんですけどね。
もし、新たにこの田を借りることになれば、
一つは水が引かない田んぼ、一つは水が溜まらない田んぼ。。となり、
難しい田んぼを二つ借りる事になるわけです。
まっいいか。
前向きに検討してみよう。課題は大きいな。

所謂常識的に普通に考えれば、こういう解釈もあると思う。

「人が耕さなくなる田んぼは、そもそも扱いにくい田んぼなんだよ。
新参者にはそういうところが回ってくる」

でも、私はそう解釈しません。
人を求めている田んぼなんだと解釈します。
その根拠は、作っていた人が死んでいる、もしくは高齢化で
作れなくなっているという背景が、必ずあるからです。

田んぼには癖があり、この田は水が溜まり難い、この田は水が引かないなどあるんですね。
この不平等な環境のなかで、誰も不服を言うことなく土地をシェアして、
水の使用量も多かろうが少なかろうが、費用は平等に負担する仕組みをもって
村の人たちは暮らしています。お米つくりは農村文化の歴史があって成り立っているので、
新参者は良いとこを取ろうなんて思わないで、与えられたところで出来る事をした方が、
徳は大きいのではないかと思うのです。

そんなことで、来週早々、大野見の農家さんのところに行って生姜の後の田んぼについて、
勉強して来ようと思ってます。

午後からは田んぼの草刈。
久しぶりの田んぼで、どこから手を付けようかぐるりと回って眺めていました。
やっぱり、水が引いていない。
田んぼの周り、斜面の草を刈るには、田の水が引いている方が圧倒的に作業が楽なんですけど、
仕様がないな・・。。と思ったりして、でも、まてよ、これって勝手に冬季湛水じゃない?

冬季湛水農法というのがあって、普通は冬の間は田に水は入れないのですが、
あえて冬の間にも田に水を入れて置いて、その中で微生物を育てることで、
土がトロトロになり、苔が遮光となり、雑草が生えない。。。というメリットを持つ農法。
完全に冬季湛水、不耕起というわけにはいかないが、
この田の癖をうまい方向に持っていければと、考えながら草刈をしていました。

昨年は、急遽田んぼを変えたので、周辺の整備が出来ないまま田植えをしたのですが、
今年は、周辺を整備、山裾の雑草も刈り取ってきれいにする予定です。
環境をきれいに整えると猪対策にもなります。
久々の草刈でしたが、なんだか、去年よりも楽に出来るようになっているわ。
昨年一年で体が鍛えられていることを実感。
(出来る)と感覚的に掴めた一日でした。
燃料が切れたところで、ちょっと一休みを思い、携帯を見たところ着信あり。
返信したところが、漁師の友達が

「今、イノシシが罠にかかってる」

と、

「ほんとー、これから久礼に隼人迎えにいってその足でいっていい?」

「はいどうぞ」

ということで、隼人と一緒に矢井賀へ。
行った先の船着場に猪死んで倒れてました(^^)
山で罠にかかった猪なので、のど切られて殺されてた。

ワイヤワイヤと活気のある中、船着場を挟んだ向かいの屋根にはサル数匹。
釣りから戻ってきたお客さんのクーラーボックスには魚がいっぱいで、
これまた盛り上がっています。

ぼちぼち、イノシシの解体始まり、見入ってしまいました。
まずは睾丸と肛門部をきれいにとるところから始めるんですって、
これに失敗すると臭いとか。。見事な手さばき。
その後、内臓を取り出すんですけど、内臓ってきれいですよ。

そんなことで散々見せてもらった挙句にお土産までもらって帰りました。
早速夕飯に焼いて食べたけど、美味しいかった。
さすが野生の肉だけあって、締まっていて、油はあるけどあっさりしているんですよね。

この日は、朝から雲が凄くて、日中車を運転しているときも何度も止まって
雲と海の写真を撮りました。
スカイブルーの空、もくもく入道雲。
キラキラと光を反射する海。
この景色を目にするだけで、気持ちが高まり、とっても楽しくなります。
愛しい田んぼの世話で出来て、それだけでも楽しい一日だったのに、
イノシシ君まで見れるとは!感謝感激!
動物的高揚感がとっても素敵な一日でした。
血が騒ぐってやつです。

なんだか有りがたいです。
こんな田舎で暮らしていると、物ではなくて空気とか、光とか、
風とか、人との繋がりや生き物のエネルギーが唯一の恵みで、
それらがもたらす幸福感は本当に素晴らしいです。
どこか一か所に鋭く走る感動ではなくて、体全体から湧き上がる感動です。

そんでもって、夜は夜で笹場小学校の休校に際する実行委員会に出席。
ここでも、本当に素晴らしく濃い人間関係、人間の様を見せていただきました。
黒澤明、もしくは、小津安二郎の映画を観ているようなかんじで、
しかも私自身も参加しているからおもしろい。

都会にいると、一個人の思いや歴史を垣間見るような、
地域との関わりは殆どないけれども、ここは違う。
昔の人達の極々日常的な道徳観と、現代人的な合理的主張が混在しています。
そんな中で、口を瞑る人、普通に当たり前のように自分の感性をつぶやく人、
膨らんだ思いを口にする人。。。。etc
縦社会の良さと悪さがあるけれども、それを飲み込んだところで、
どの方も一定の謙虚さを持ち備えています。
これらすべてが、私はとっても好きです。思いの丈が見て取れる。

そんな一日、普通に生きているだけで、これだけ濃い一日があるって素晴らしいよ。

そんなこんなで、ブログを書いている今も、矢井賀のおじさん二人がポンカン採りに来てくれた。
昨日猪の肉をくれたおじさんと、土地を整地してくれたおじさん。
普通にものの交換してる。うれしいな。
この先もずーーーとこんな風景と日常の人々の関わりが続く為に、
私は農業をやり続けるんです。




2014年1月5日日曜日

古事記 たくさんの神の誕生

イザナキノミコトとイザナキノミコトは様々な神、
八百万の神をうみました。
最後に、ヒノカグツチノカミ(火の神)をうんだときの傷が元で
イザナキノミコトは命尽きて黄泉の国へ旅立ってしまします。

愛おしい妻を失ったイザナキノミコトの悲しみは深く、
(あの子さえうまなければ。。)
と火の神を恨み、ついには十拳剣で
我が子の火の神の首を切り落としてしまうのです。

このときにイザナキの流した涙や、
十拳剣の切り先から飛び散った血、
さらには火の神の体からも、
たくさんの神が誕生しました。

。。。。

この話から、皆さんは神様とはなんだと想いますか?
イザナキノミコトの涙や飛び散った血からは
どんな神が生まれたのでしょうか。

2014年1月3日金曜日

ウォーミングアップ

明日からまた、現実世界に私の幻想を構築していく作業に入るので、
その前に軽くウォーミングアップ程度に昨年採りきれなかった文旦を収穫。

その前に、来年度生姜を植える予定地を見てみた。

 
行けそうな感じ。
去年よりも広いな。。。

 
これすごいよね。雨の日でも出来るように屋根付きだよ。
これ動かしたいけど、私がするまでもないかもしれないな。。
 
 
 
そんなんで、文旦とってたら誰か来た。
コンタクトもメガネもしてなかったので、
遠目で誰だかわからなくて、「だれですか?」と聞いたところがおしょうさん。
トラクターの移動がてら叩きに来てくれた。

で、来年度の田んぼの話やら、生姜の話やら。。

昨年はすべて手作業で行ったお米作り。
水苗代で苗を作る事と5.5葉で植えつける事が絶対にはずせない工程だったので、
必然で田植えは手植えとなる。

田植え機で植えるには、箱苗である事と3.5葉程度内あることが
機械の企画上必要な要素なんだ。
でも、エネルギーの高いお米を作るには、それではだめ。
先ず、3.5葉は人で言うところの小学生程度なので、未成熟な生き物で
自己調整力に乏しく、諸々の自然現象に対応不可能。
5.5葉の苗は高校生くらいの意識を持っているので、
環境に対応していく能力があるといわれているんだ。
これが大事なの。

でも、手植えでのお米作りには収量に限界がある。
とてもじゃないけど、商売としては成立しないんだよ。
それでもいいんだけどね。
どの家庭でも必ずお米を作っている世の中なら、十分いける。
でも、そうじゃないから、手植えだけでは耕作放棄地を減らすことは出来ない。
それどころか、農薬を使う農法でお米を作る企業が買い取っちゃうよ。
それでは私の望む世界にはならないから、
どこかで効率性を取り入れて行かないといけないと考えていたんだ。
そしたら、おしょうさんが、自分のオリジナルの田植え機があるから、
それ使ったらいいよ。。と提案してくれた。

若かりし頃車の整備工をしていた経験から、30cm×28cmの田植え機に改良したものがあるとのこと!箱苗でなければならないのは同じなので、箱苗で苗を作る必要ありなんだけどね。
ただ、慣行農法で作るような過密な撒き方をしないで、
昨年同様に1平方メートルに一個になるように種籾を撒いてやれば、行けるかもしれない。
箱苗は、水苗代の上に置いてトンネルを被せる。
育てる環境は同じ。もちろん5.5葉植え。
5.5葉で行ける物なのか、種籾買う前にその機械を見に行ってこようと思う。

昨年と同じやり方で作る田んぼ一反分と、
箱苗、田植え機を使って作る田んぼ一反で、2反で行こうと予定してます。
本当に必要な要素を見極めることに繋がればいいなーと思ってる。実験。
週明け早々、田んぼ探さないと、あと種籾の手配も。
去年はあきたこまちだったけど、今年はコシヒカリにします。

あと、生姜のはなし。
有機無農薬で生姜を作っている方から一緒にしましょう
とお声がかかっているとのことで、大歓迎!
是非そうさせてほしい旨を伝えて、
こちらから一つ相談を持ち掛けました。

近いうちにおしょうさんの奥さんも一緒に、久礼で食事をする約束。
子供たちも連れてきーやー。。と言っていただいて、いいんですか?と。。
美味しいもの食べさせてもらおうかな。。(^^)
その時により具体的な話が出来ると思います。

どっぷり休み切っていた体を元に戻すために軽く動き出したら、
いいタイミングでおしょうさんが来てくれて、一気に体も意識も戻った(^^)
こん感じで時が流れてくると、今年もいいかんじで流れるような気がしてくるよね。
八百万の神様、傍にいてくれてる事が実感できて助かった。

感謝の気持ちを忘れずに、謙虚に生きる部分と、アグレッシブに行く部分と、
両方を大切にしていきたい。

今日をありがとうございました、神様。

2014年1月2日木曜日

わかった。

人は死ぬとき、今世で伝えられなかった言葉を抱えてゆく。
本当はその言葉を伝えたくて生きていたのに。

本当に大事な言葉。
言えなかったその言葉は、
形を変え、また現れる。

今年私は、点と点を繋いで面にしたい。
昨年の経験を基に一つ一つ作り上げていく日々が始まる。

人は言葉でこの世を彩ることが出来る・・・って。。。
本当の言葉で私は私の人生を完結させる。

今年の目標は、自分のイメージを形にする事。


ミッション)

エネルギーが高い、人を元気にする商品を一つ作り上げる事。


商品コンセプト)

ヒカル ヒカッテイル きよらか かるい ほそい 


取り組む課題)

・リサイクル(容器の回収を可能にする仕組み)

・より携帯しやすい大きさで、且つ、使用欲求が解消される大きさ
を模索。

・味の追求

・イメージの連携


以上が、2014年の新しい取り組みの一つになる。

これを叶える為に、7日から農作業開始。
今年は、より組織で動けるように努力。

このブログは、空の下の記録。
どういう道のりを経て今に至っているのかをこれに記録していく。




2013年12月26日から2014年1月3日までは、
特別な休日にしている。
この間に去年を振り返り、そして、今年のイメージを膨らませる。
そして、4日からそのイメージに忠実に効率的に動いていかねば。

私は、ここに誓います。
かならず課題はクリアーする。

いつも新しい気付きを与えてくれるものに感謝します。
 



今日と明日はとにかくストーンしてくつろご。





2014年1月1日水曜日

新年明けまして おめでとうございます。

2014年ですね。

昨年は、ほぼ毎日ブログを更新していました。

高知に移住する3年ほど前、
小金井市に住んでいる頃から
農業をしたい)
もっと自然の大きなところで暮らしたい)と、
本気で思い願い出した頃の話。

(望んでも住めないという事は、まだ私がその環境にそぐう人になっていなという事なんじゃないのかなー。。。)

と気づいて、(思い願っていて、自分がそぐう人になった時に勝手に環境が寄ってくるはず)
と確信してから、約3年でこの場所に導かれた。

運命の場所。

キラキラと輝いていて、沢山のモンシロチョウが飛んでいた。
林の中の奥にある一軒の家。
空気も清らかで、一目で気に入った。
(ここは、わたしに用意された場所だ。。)と確信したりして。。(^^)

「ここでしたいことをしなさい」

って誰かに言われた気がした。

本気でそう思って、今、そのしたい事に取り組んでいます。


私が一番作りたいものは、きれいでキラキラした場所。

だから、たまに思うんだ、

(私が初めて見た時の、あの美しさは今でも生きているだろうか。。)って。


自然の恵みの中に人の文化がきれいに交わってるイメージ。

この場所の息吹を余すことなく感じられる、

そんな空間を作っていきたい。

その為に農業を始めたようなものなんだ。

結果、美味しいお米や野菜、
きれいな鳥、蝶、虫、
きれいな空気、きれいな水、
美しい空。

そのために、私の時間を使うことが出来たらとっても光栄。

2013年は、2014年のための準備期間だったように思う。
2014年は更に先へと進んだ世界をイメージしています。
既に頭の中に具体的イメージを持っているので、
このイマジネーションが2014年にどう反映されるのか、
とても楽しみでもあり、同時に僅かな不安もありですが、
じっくり、しっかり確信を得ながら進んで行こうと思っています。
2014年が終わるときに、過ごした一年に満足できる自分でいたいから。。。

新しいステージの始まり。

今まで私が生きてきた中で出会った沢山の人たち。
私と時を共にしてくれる大切な仲間へ。

ブログを読んでくれてありがとう。
このブログは私の心からの言葉です。
心を言葉に出来るってすごく幸せなことです。

その言葉を読んでくれてありがとう。

2014年も日々を振り返りながら、ブログを書いていこうと思う。

happy new year