2013年9月30日月曜日

夕刻

 
昨日、久しぶりにりんごを連れて笹場の浜に行った。
笹場の浜で、まるで子鹿のように楽しげに走るりんごを見ると、
幸せな気持ちになる。
生き生きしていて、すごく気持ちがいいんだ。
 
娘も歌ってる。。。

 
台風の風が海を荒くしているけど、
吹く風はとても気持ちよくて、
久々、時間から解放された。。そんな時が流れた。
この感じだよ。この開放感がいいんだよね。
 

 
このハイボール結構気に入ってる。
画像ではわかりづらいけど、
ちょっとキラついていて、ハイボールって感じのデザインがいい。

 
アラジンのランプから湧いたような雲。
 
私の強いつよい願望は、時間から解放されること。
でも、毎日は時間に守られているんだから。。。
だから、苦しくなるのかもしれないな。
 
愛おしい風景は、留まることなく、
現れては消えていき、記憶の中だけで生き続ける。
 
 
 

2013年9月23日月曜日

やっぱり良い場所だ(^^)ここは。

昨日、久しぶりに子どもを連れて市内に行った。
朝から晩まで丸一日街に居て、帰って来たのは夜の9時をまわっていた。

この場所に移住して来て丸二年が経った。
この地で本腰入れて生きていく覚悟を決め、この荒地を果樹園として蘇らせる計画を立てている最中だけど、其れなりにお金もかかるし、不安も付いてまわる。
どこまでいってもそんな感じが続くような、解決する事のないように思われる不安。

でも、昨夜、帰ってきて感じたものに、
私のそのすべてが浄化されたんだ。

それは、この土地にある力。
無言でただ体に入ってくるものの力。

ここで大丈夫だと思えた。
信じれるもの。。。
無意識に侵入して来るものが上手く言えないけど信じれるモノなんだよ。

2013年9月21日土曜日

玄米スープの作りかた

 
 
 
玄米半カップとカシュ-ナッツ一握りを土鍋で炒る。
カシューナッツは入れなくていいのだけれど、ちょっと入れてみた。
 

 
きつね色になるまで、焦がさないように
丁寧に炒ります。

 
いい感じに入れてきたら、天日塩を小さじ1入れて軽く炒ります。
 
(余談:これにレーズンを入れて保存食にもなります。
美味しいですよ。)
 
 
水を7カップ入れます。
水だけでもいいのですが、今日は夕飯のスープにするので、
昆布もいれて一緒に炊きます。

 
炊きあがった状態。
玄米を炒ってから炊くと、花が開いたみたいにお米がなるんです。
ここでちょっと味見。。。。
「昆布とほんのり塩の味がする。。。。旨!」
 
この後、冷ましてからミキサーにかけ、再び土鍋にもどす。
更にポタージュくらいのサラリ感にする。
水でも、だし汁でもいいですが、今日、私は豆乳を入れました。

 
豆乳を丁度いいくらいまで入れます。
 
玄米の香ばしさ、ほのかな塩味、豆乳のまろやかさと、
全体的にクリーミーでこのままでも十分においしい~。。。ですが、
私は、黒コショウを入れてたべました。
すりごま入れてもいいかも。。
 
簡単に出来る玄米スープ。
やさしい美味しさです。
 
 
 

 

 

 

2013年9月20日金曜日

お米の出荷準備

 
 
 
 
 
2013年産の私が作ったお米を食べたいと思ってくれる人たちがいて、
お米達の出荷準備をしています。

只今、先輩の要請でネットをしない人たちにも伝えられるようなチラシを作成中。
。。。というか、作り終わっていたんですけど、お蔭さまで、予想以上に早く完売してしまい、
チラシの内容を変更しないとイケなくなり、、やり直しです。

完売。。はうれしい事ですが、あまりにも収穫量が少なくて申し訳ないというか、
これでは、広く伝えられないじゃないか!。。。という感じで、
来年は、もう少しでも多く取れるようにしたいと思います。

それで、今、頭の中でいろいろ思案中。。何処をどうしたら、品質もよくて、数量も上がるのかを。。
もちろん、農薬は使わない方法でです。
原始的な良さをちゃんと押さえて、文明も取り入れていく。。。その織りなし方を考えています。

どんなにいいものを作っても、みんなに食べてもらわなければ意味がない。
一部の人だけが手に入れられるだけじゃダメなんじゃないか・・。
そして、継続できなければ。。。

わたしは、昔からワンカテゴリーだけで収まることには興味がないんです。
対極にある複数のカテゴリーが交わって調和する世界が好きで、
例えば、服でもそうなんだけど、洋服と和服と、ヒッピー服とブランド服と。。etcとか、
髪も借り上げとロングとスクエアーとイレギュラー。。。etc
みたいな感じが好きなので、今は、
田舎と都会。。自然と科学。。人の手と機械をミックスすることに興味がある。

来年は、今年得たことを踏まえて、新しい取り組みを考えています。

お米は申し訳ない事ですが、もう分けるのがないので、
次は、生姜を分けさせてください。

10月中旬以降の収穫です。

今年は、生姜の出来が悪いみたいで、慣行農法で作られた生姜は前年の7割くらいしか採れないみたいです。
なので、今年は生姜の値段が上がると思われます。

生姜は、農薬無くして作られない。。。との常識があって、無農薬有機で作っている人は、少数です。そのうえ、自然農で作っている人はもっと少ないのです。
ようは、量産型の動物に肥料は使わないとか、耕さないとか、そういうやり方ですね。

私は、自然農とは、その土地に自生している生き物すべてが育む世界の事だと理解しているので、具体的に、牛糞は使わないとか、そういう決まりは持っていません。
ただ、牛糞を使わない人の考え方も納得できるます。

そのよう中で、私が選んだ方法は、不耕起で米ぬかとえひめIだけで育てる方法(2畝)と、
一度耕して畝立てしたら、あとは二度と耕さない(以後不耕起)で、米ぬかとえひめIだけで育てる方法(7畝)という方法で普通の生姜を作り、一畝だけ、黄金生姜を植えて、ここには+鶏糞を畝間に撒きました。

現在、順調に育っていますが、全体をみての評価は、不耕起の畝の生姜と、他の畝との比較の中で雑草を最後の最後まで刈らなかった畝の生姜が一番よく育っているのです。
大変興味深い事です。


 
 
9月に入ると台風が必ず来ます。
来年は、生姜の背丈が一メートルくらい 達するころ(7月中前後)、ヨトウムシが成虫になるのを待って、草を刈り、土寄せをしてから台風除けのネットを張ることにします。このタイミングが一番いいような気がする。
この時期に草を一度かると、その後はしばらく刈らなくていい。
8月に向けて、草の成長は早いので、今年のような干ばつからも雑草水分で生姜を守ってくれる。今年、生姜がだめだったことの原因は干ばつです。高温障害でダメになっちゃうんだって。
なので、雑草を生やしていたところの生姜が良かったんです。

果樹の事を少し調べていたら、こんなことが書いてあった。

「木は、地上と地下のバランスが取れたところで健康でいられる。
もし、地上部が何かしらの影響でダメになってきたら、根を守るため地上部は枯れる。」

そうなんだなー。。って納得。

多分、生姜も干ばつから根を守るために、茎がだめになったんだと思う。
茎に栄養を取ると、根がだめになるでしょ。
養分は限られているので、生命として重要なところを守るために、
一時期、茎が犠牲になることで、根を守り、そして、また、新しい芽を出すんだと思った。

ライオンの親子もそうだよね。
狩りがうまく行かなくて、長い事食べ物にあり付けていないときは、
親も子もお腹ぺこぺこじゃない?そんなときに仕留めた獲物は、母ライオンが食べるんだよ。
その理由は、自分が元気になれば、また獲物を捕れるからなんだ。

植物も動物も原理原則は同じように思える。
人間も自然に学ぶところが多いよね。

そんなことで、今のところ生姜は順調です。

そうそう、天日干しをしていて、台風にあった最中、生姜畑にイノシシがはいったんだよ。。。
見つけたときは、「ぐあーーー」って思って、雨の中(忘れもしない9月4日)
畑をもとにもどし、ネットを張ったわ。
お蔭で被害はほとんどなく、ネットも無事晴れたので結果よかったけど。。
それで、いのちゃんが掘ってくれたしまって生姜を食べたのさ。

「フレッシュで旨!」

これは、期待できると思う。

そんなことで、お米を買ってくれた皆さん、ありがとうございました。
来年もつくるので、どうぞよろしくお願いします。



2013年9月17日火曜日

秋の夕暮。。

 


 
田んぼの農道を散歩していると、いたるところに韮の花が。。
かわいい。。

 
田んぼを突っ切って、海へ。
夕焼けがきれいだった。

 
浜で夢中になって遊ぶリンゴ。。すてき。。


 
後ろを振り返ると山の景色が。。
ここ笹場は、広い海と深い山々とがある。
 
すっかり秋だ。
 
 
 

2013年9月15日日曜日

ラストサムライをみて思った。

昨日、映画「ラストサムライ」を見た。
たまたまBSでやってたので。。。

私の周りではあまり評判が良くなかったので、今まで観る機会を得ずに来たんだけど、観たらおもしろかったなー。

圧倒的な武力を前に戦う事しかすべを持たない私たち祖先。
旧石器時代と新石器時代の境界にあるものは「武器」の製造だという。
人類は、その時代から永遠に戦う事で統制してきたのだろう。

でも、それはもうやめないか。
そのやり方では、悲しみや憎しみの連鎖は続き、
一見、目にする繁栄も、ただの幻となってしまう。

~「母は大地 父は空」~

はるかな空は 涙をぬぐい
きょうは 美しく晴れた。
あしたは 雲が大地をおおうだろう。
けれど わたしの言葉は
星のように変わらない。

ワシントンの大首長が
土地を買いたいといってきた。

どうしたら
空が買えるというのだろう?
そして 大地を。
わたしには わからない。
風の匂いや 水のきらめきを
あなたはいったい
どうやって買おうというのだろう?

すべて この地上にあるものは
わたしたちにとって 神聖なもの。
松の葉の いっぽん いっぽん
岸辺の砂の ひとつぶ ひとつぶ
深い森を満たす霧や
草原になびく草の葉
葉かげで羽音を立てる
虫の一匹一匹にいたるまで
すべては
わたしたちの遠い記憶の中で
神聖に輝くもの。

わたしの体に 血がめぐるように
木々のなかを 樹液が流れている。
わたしは この大地の一部で
大地は わたし自身なのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~

自分たちが大切にしてきたものを大切にしてほしい。。
シアトル首長は、大切なものを守るために、戦わずして、
身を引くことを選んだ。

育てよう大地を。
育てよう、植物を。
私たちに一番必要なものは、
大地と空気と水なのだから。

人と戦うことはない。
ただ、生活を育てればいいじゃないか。

シリアの内戦。
化学兵器をネタにまたアメリカが軍事介入を狙っている。
狂ってる。

イラクの時と同じ。
こんな事がまかり通ると思われている人類の歴史を憂う。
絶対に介入してはならない。

もし、万が一、これが行われるとしたなら、
世界は、永遠の闇。

ロシアのラブロフ外相の仲介で化学兵器禁止条約にシリアが加盟すれば、
アメリカの軍事介入の必要性はなくなると。

武器を持たず、知性をもって事を収める前向きな取り組みが、
どのような結末を迎えるのか注目だ。
国際間の知性の戦いがここにあると見る。

負の連鎖を断ち切るためには、正を重ねるしかない。

(-1)-1=-2
(-1)-1=-2+1+1=0・・・・

単純に一つの愛無き者に一つの愛あるものを与えると0になる。
「それじゃー、愛がなくてもいいの??」
って、思うかもしれないけど、そもそもこの世は愛なんだから、
人間が愛を意図的に増やす必要なんてないんだよ。
0でもいいんだよ。。。って私は思う。
それ以上の愛は、その時々で形を変える物だ。

足し算は、幼稚園でも出来る方法なんだ。
いや、赤ちゃんでもこの方法は知ってるんだよ。
5か月の乳児でも足し算という概念を持っている事が明らかになっている。

こんな簡単な方法をなんで大人はとれないんだろう。

その答えは、もっと早い方法を知ってしまったからかもしれない。

(-1×-10)×10=100

でも?これってどういう事?100って何が100?

1つの負に10の負を10個かけて生産される100の数字を持つものとは何か?

それは100の欲望だ。
‐1の愛無き者に-10の愛無き者を与えると10の欲望を生み出す。
それが10集って、100の欲望を生む。


「ラストサムライ」では、勝元率いる部族は武器を手に、国家と戦った。
しかし、戦いの最後に生まれたものは敬意だった。

この映画の中で、渡辺謙扮する勝元が戦った相手は、
国家ではなく、自分自身だったのではないだろうか。

もし、この世に「戦う」という精神性が普遍的なものであるとしたならば、
その相手は、常に自分自身なのではないだろうか。

負に対して、負の心で立ち向かう時に生まれる欲望を見つめ、同等の愛を注ぐことで、無の境地に達する。

(‐1×‐10×10)÷(‐1×‐10×10)=0

人の知性は、擬態を作り出す技術を獲得した。
同じ形をしていても、その本質が異なることはよくあることだ。

シリアと日本。
いま世界の中で、戦う事をやめない国シリアと、戦う事をやめた国日本。
未来、どのような道をたどるのだろうか。

シリアはとてもいい国だという旅行者は多い。

2013年9月13日金曜日

ネットショップ「空の下」とりあえず開業

とりあえず、ネットショップ「空の下」開業します。

すでに、メール等でご注文いただいている方には、
カート経由いただく無くても結構です。

「お米を売る」を期に、稼働体制に入った、何ともつたないネットショップですが、
日々、進化していくことを我に約束するとして、
そして、何より、お客様にご迷惑をお掛けしないように、
真摯に取り組んでいくことを約束します。

次は、「山塩小僧」の塩販売のページをはじめ、
私の愛しき友人が続々ページ参加する予定。。。
(マイペースな感じなのですが。。。)

ともあれ、皆々様と、一つの流通スタイルを作り上げていくことを目的として、
何分未熟なお店ですが、暖かいご支援、ご指導宜しくお願い致します。

http://www.mirainome.jp/

(ショップ「空の下」↑)

2013年9月7日土曜日

稲狩り終了と脱穀終了。

8月21日をもって、無事稲刈りが終了しました。
終了時間夕方6時。
この日の人手は、

(午前中)大人5人、中学生1人、高校生一人。
(午後) 大人4人。

みんなきつかったと思うけど、協力ありがとう。
相当頑張ってくれたと思う。
全てをガードレールに干して終了。



刈り取った当日の稲 ↑





一日たった稲 ↑

この後、30日の金曜日までは晴れが続いたのですが、週末から台風の影響で雨が9月の4日まで続きました。念のため、切り口にビニールを被せておいたので、濡れること自体には心配はなかったのですが、あまり放置しておくのはいいものではありません。本当なら、31日に脱穀が出来る状態にあった稲でしたが、不安と辛抱の時が数日間つづきました。

台風の影響をどう受けているのか?稲の状態が心配でしたので、4日の朝、稲の状態を翌日の備えて整えておりました。
稲に合うまでは不安が大きかったのですが、稲に触れていると次第に気持ちが落ち着いてきたのです。
なぜなら、この雨の中にあって、しっかりとその粒を保っている生気の感じる稲がいたからです。中の方をめくって見てみると、中は濡れていないんですね。
それを見たとき、昔の茅葺屋根の原理が理解できました。そして、何段にも重ねて作られる、稲木の原理原則が理解できたのです。
何段にも重ねることで、雨から稲全体を守る役割があったんですね。
ですので、本当は、最上段には、前年に脱穀し終えた藁の傘を被せるのが最もいい方法なんです。勉強させられています(感謝、感謝)

それで、そんな作業をしていたら、なんだか、この台風も乗り越えられる気がしてきて。。。。やっぱり、一粒の種籾から育てただけあって、稲の状態が手に取るように分かるんですね。心が通じるんですよ。

ただ、一つある大反省は、30日の金曜日に脱穀するべきだったという事です。
この日にして要れば、台風に合うことはなかったんです。
瞬時に状況を判断して実行することの大切さを痛感させられる出来事でした。

天気予報では、4日、5日と大雨強風が予想されていましたので、4日の日は、雨でも何のその!稲や生姜を台風から守るために雨にぬれぬれ奮闘していました。
(生姜については、また後ほどのブログで。。大変だったの。。ぐわーーーーっという出来事があってさーー(^^;))
稲刈りを一緒にしてくれた先輩も心配してくれていたのですが、
要約、乗り越えられそうなところまで作業が進んだ頃、

(あれれ??)

(なんだか空が晴れて来てるよ??)

どうしたことか、台風ちゃんが進路を変えたみたい。ラッキー!
不安に負けないで頑張ってよかったわ。

そんなことで、すべての作業が終わり、安心して美味しくビールを飲むことができたのでした。

翌朝。
脱穀をお願いしていた笹場のおじさんから電話が。

「今日の夕方に脱穀したらどうやろ?」

と。

私は、昨日まで雨が降っていたので、てっきり今日一日おいて翌日脱穀かと思っていたのでしたが、おじさんからの電話を受けて、ついこないだ失敗したことを思い出し、

(期は逃してはいけない、人の声は天の声)

との見込み、即刻実行することにしました。
お蔭で、5日に脱穀、6日の午前中にもう一度天日に干して、万事終了することが出来ました。6日は2時過ぎから曇りだしたので、結果的にジャストタイミングで事がなせたのでした。
もし、6日に脱穀をしていたら、7日の今日は朝から曇りなので、天日に干すことが出来なくて、すっきり追われなかったと思う。
農業は、気づきに忠実にしなければいけない。これが出来るかできないかは才能なんだと思いました。本当に農業は深い。。

そんなことで、最後の感想が終わったので、袋にお米を戻しておりました。
片手鍋でお米を救って袋に詰めながら思ったこと。

(僅か1キロの種籾がこんなにたくさんになった~)


            


 
 
 
ちゃんと計ってはいないけど、多分180キロはあると思う。
今年は、一本植えだったので、始めてにして上等だと思っています。
 
2月 田んぼと水苗代の草刈開始

3月 水苗代の準備
 

   種籾の準備

   田んぼの準備 (畦や周りの整備)

4月 苗の育成(種籾撒き、トンネルつくり etc)

   田んぼに米ぬか、油粕を撒く (畦の確認、修正)

5月 田植え(18日)

 
6月 草刈(手作業)

8月 稲刈り(20日、21日)

9月 脱穀(5日) 最後に一日さらに干して終了(6日)

約7か月の月日をかけてお米は作られました。

始めてお米を作るに当たっては、それ以前の準備がとっても重要です。
それは、田んぼを貸してくれる人脈と環境を作ることがとても大切なんです。
庭での自家菜園なら、そんなものなくても
キュウリやトマトなど作ることは出来るでしょう。
でも、お米作りは、地域の人たちの輪の中にあって、初めて出来る、
生活文化そのものなのです。
それを持つために多くの時間を費やすのが米作りなのだと思います。

実郎自体は、いたってシンプルです。
一番難しくて大切なのは、環境を作ることなのです。

今回、私は、一キロの種籾を約750円で購入。
それを一粒一粒手で撒き、愛情込めて育てました。
農薬は一切使わない、誠に自然の力だけで作ったものです。
その一キロの種籾を育てていく中で、非常に沢山の事を学びました。
私が学んだことは。


  • 真面目に学び、真面目に取り組めば、必ず助けてくれる人がいる。

  • お金を使わなくても、初期投資をしなくても、
助け合いの中でお米は作ることが出来る。

  • 掛けた時間だけの価値がお米には宿る。

  • 生命とは、時間と共に育まれ、故に強く豊かな存在となる。

  • 一キロののお米は、初心者でも200倍にすることが出来る、
安定的でもっとも利率の高い投資先である。



今回の米作りで、唯一最新の機械を使ったのが脱穀でした。
その早い事早い事。あっという間に脱穀が終わったのでした。
手作業でしていた時間は何だったのだろう。。。とおもうほど、
テクノロジーとは本当に素晴らしいものですね。
コンバインというものですが、素晴らしい機械です。
でも、この機会を買うのに何百万とお金が必要なんです。

後にも先にもこの一回きり。
私は、改めて気が付きました。

(時間とは、その物事態に他には変えられない価値がある)

先を考えると目がくらむような種籾撒きの作業や草刈。
来る日も来る日も苗代に水を入れに行く日々。
大人6人で行う田植え、稲刈り。
不安に疲れ果てたときに助けてくれる友達、先輩。
シンドイことを共にしてくれる仲間との時間。
やり遂げた達成感、爽快感。
。。。。。。沢山の感動は、時間の中にこそ存在するし、
その時間がなければ、存在し得ない掛け替えのないものなのだ。

一粒の命が100粒になる。
その生命力を私は知り得たのです。
頭ではなく、心で心が通じる事が、作物と人間との間でも出来るんですよね。
それは、ともに時間を過ごしたからに他ならない。
私の自慢のお米達です。

しかし、同時に私は、来年の事を考えます。
改善する課題はもう出ているからです。

(来年に向けての改善点)

  • 水苗代のベットの幅。

  • 畦の高さと、その周辺の整備を行う。

  • トラクターを自分で操作できるようになる。

  • 稲刈りはバインダーを使う。

本当に必要なものが何なのか?それが知りたくて、今年はお金だ解決しないやり方で行ってきましたが、その中で、農業で食べて行こうと思ったら、必ず必要だと思った機械がありました。それが、トラクターとバインダーです。

不耕起という方法があります。わたしは、この方法は大変いいと思っています。
でも、田んぼに関しては、冬季湛水が出来なければ、荒かきと代かきは必要だと思います。これを納得いくようにするには、自分でやるしかない。

バインダーは、必要です。
手で刈り取ることはもちろんできますが、とても重労働です。
加えて、稲刈りに関しては、手で刈る絶対的な必要性はありません。
田植えに関しては、手植えでする必要はあるのです。箱苗ではなく、水苗代で苗を作ろと思ったら、絶対に手で植えるしかない。水苗代で作る苗は茎が太く丈夫です。
これは、こだわっていきたい。

そうこうしていますと、人一人が作れる田んぼの広さには限界があるんですね。
限界を超えて、お米で儲けようと思ったら、どうしても、
機械化と農薬(除草剤)は切っても切れない関係になるのです。

でも、農薬は使いたくないし、農薬を使わないで作る田んぼが増えてほしい。
そして、お米本来の力が育ち、それを食べる文化を育てたいわけです。
そうです。私は、お米で儲けたいのではなくて、本当に生命力のあるお米を育て、
それを食べる文化を育て、共に育む仲間を増やしたい。
今一度、言わせてください。


  • 一キロののお米は、初心者でも100倍にすることが出来る、
安定的でもっとも利率の高い投資先である。

銀行に貯金するよりも、確実に増えるんですよ。
そして、それは自分の栄養となり、実も心も自然をも豊かにする行為なのです。

私は、最後の天日で乾燥し終わったモミのついたままのお米を袋に詰めながら思いました。

(一人で出来る量には限界がある。では、増やすために私は農薬を使い、機会を買うのか?いや、そうじゃない、それをしたら同じじゃないか、何も変わらない。
この豊かな実り、時間を守るためにはお米を作るい人を増やすしか方法はないんだ)


この後、私はHPを作って、一部お米を売る予定でいます。
二k袋をメインに考えています。
2k袋のお米を売る理由は、このお米の味を知ってほしい、
そして、違いを感じてほしいんです。
命を感じてほしいんです。

大変なぜいたく品なんですよ。
ぜいたく品は、高いです。
高いものはそんなに日常的に口に出来ないとあきらめないで、
あなたも作ればいいんです。
お金なんて沢山は必要ありません。
田んぼは沢山余っていて、ただでいいから作ってほしいと言っている地主さんは沢山います。今年一年頑張ったお蔭で認めてくれる人も増えた。
また、来年もやらせてもらいる環境は整っています。

私が作ったお米を食べて考える切っ掛けにしてほしいから、
とりあえず、味見のために2k袋から考えています。
昨日、終わったばかりで、まだ、食べていませんが、食べたら、またブログを更新します。どうか、私のブログを読んでくれているみなさん、考えてみて下さい。

このあと、まだまだ私の農作業の日々は続きます。
生姜つくりでも大変な事が起こり、ひとまず乗り越えたばかりですので、
その話もまたブログで更新します。