2013年7月28日日曜日

昨日、みどりの党の他の立会人とどうだった??的な話をした際、
みどりの風の略称が未然に防げなかった理由として、
石井みどり候補よりも、先にみどりの風が登録を済ませてていた事を知りました。

「そうなんだー、先に済ますと変えられないんだね。。」という事でした。

でも、なんだかこれってどうなの??
候補者が出そろったところで、再度見直しさえても
よさそうなもんだと思うんですけど、どうなんですかね。
それも、また、何か理由があって出来ないんですかね。

一度、登録したらそれまでだとしたら、
可能性として、按分で票を獲得する目的ではなくても、
その逆の票を分散する目的には使えますよね。
この辺りはどうなんですかね。
私のような素人が考えるんだから、もちろん考えられているとは思いますが、
とっても疑問です。

秘密投票については、大きな危険があるんですね。
そのうえで思うことは、思想に対する差別があるうちは、
本当の自由、平等、和合は難しいんじゃないかなーってという事です。
秘密投票によって、強制や迫害などが避けられる一方で、
思想に対する抑制も同時掛けられているように思います。
クローズにされているという事です。

思想に関しては、基本的なラインで考えれば、
その先に繋がる物は平和なんだと思うんです。
どんな思想にも、その立場から生まれる平和への道筋である可能性は
極めて高いはずです。

ナチスドイツにしても、始めは、フランスの思想統制に対して、自国の文化を守ろうとしたところから始まっていて、その中身については、産業革命によって、破壊されつつあった、家族の営みであったとの事実が一つありますね。
(歴史については、どれが事実か?一言で通じ合える時代ではないのが、悲しい現実ですけど)


ちょっと、話がそれますが、今回の選挙で思ったことの一つに、「公明党ってすごいよね」ってことがあります。

選挙前になると、公明党の人って、一生懸命選挙活動するじゃないですか。
以前はうっとうしい。。と思っていたけど、今は、すごいなーって思います。
自分が信じている人を応援するために、周りの目を気にせず、
宣伝しているんですからね。
私も見習わなくちゃって思って、今年は無理だったけど、
今度は、プラカードをしょって犬の散歩をしようと思いました。

独裁国家。。今って独裁世界になりつつあるというか。。なっているかも。
森の原住民に対しても、勝手に住居を取り上げているんですからね、いまだに。

独裁の仕方が、第二次世界大戦以前とは違っているだけのように感じでいます。
自由に選ばせているようにして、知性で判断させているようにして、
実は、そのように仕向ける要素の池に入れられている。

かなり頑張っていると思える程度の仕事量をこなし、
そのご褒美に適当に買い物ができて、テーマパークにも行ける。
でも、ある一定のサイクルからは出れない。それが経済活動の池です。
誤解しないでほしいんですけど、私は、これを否定しているんじゃないんです。
私が単に出来ないだけ。

昨日、イオンで買い物をしながら考えた。
「思わなければ幸せ、思う事による不幸だなー」って。

要は、この社会の仕組みが好きじゃないと思った時から始まっている。
いろんな疑問が生まれてくる。
経済活動の池があることは、そうだな。。
中学くらいから肌身にしみて来たように思う。

養豚場があって、最少のスペースで育てるほうが、経済効果はありますよね。
でも倫理的に許されないラインってあって、それが「ストレス」ってやつですよね。

人間も同じだなーって、イオンモールのサーティワンの前の
ベンチに座っているときに思った。目の前にイオン銀行がありました。

養豚場の経営者は悪人なのか??そうじゃない。普通の人。
経済活動しているだけ。その中で、出来るだけ、豚を可愛がっている人達の方がきっと多いと思う。

これって、みんな自分の問題なんだ。意識の問題。
こういう事考え出すと、行きつく先は、「私ってわがままだなー。」
でも、そうじゃないんじゃないか??って思う自分もいます。

政治と本当に向き合ったら、いろんな意味で生きていけない。
政治家が政治を真面目にやらないところを見れば、
おのずとその脅威は分かる。

でも、好きじゃないこの世界で一生を全うしようとおもったら、
知らないで生きるか、何とか変えたいと思うかになる。
その時に自分の無力さを知る。力がないんですよね。
世界を変える力なんてないんです。

でも、日常でうんざりすることが度々ある。どうする???

自分らしく生きるしかないんですよね。


平和ボケって言ったら、「カンタティモール」って映画を思い出す。
理想を掲げて、大変なめにあった若者たち。怖いですよ、実際。
現実ですから。世界ではとんでもないことが起きているって知ってます。
幸い自分は経験してない。

平和ボケしているんじゃなくて、理想を言わなきゃダメな時ってあると思う。

それをトンデモ話だと思われるってわかっていても理想をとりあえず、
一回は言っておこう!って、楽な感じで言うって必要(^^)

むしろ、とんでも話にしとかないと言えないのが現状ですよね。
このブログだって、誰が見ているのか分からないんだから。
マジ話すると、傷つく事度々です。

「ゴッド・イン・ニューヨーク」って映画見たことありますか?

ネガティブな要素を基軸に展開される世の中は、どこまで行っても同じ。
恐怖心を利用しているんです。
そうじゃなくて、愛を活用しないと変わらない。
どんなに勉強して知識を増やしても、愛を活用できないと変わらない。
そこに気づかないと変わらない。

一番いい事をてっぺんに挙げるトップダウン方式。
一つ一つの現実を積み上げていくボトムアップ方式。
その両方が必要。迷子にならないために。
三宅洋平は、その両方にフラグを立てたんだと思います。

政治家ではない私が政治を考える。
なぜなら、政治は日常だから。

そして、私がすることは、草むしりであったり、立会人であったり、
子供の運動会の準備であったり、反原発運動であったり、
同じ世界を夢見る仲間とのパーティーだったり、
町議会の傍聴であったりする。

普通に毎日を生きるだけ。
そこに国つくりがあると思って、毎日を生きる人が増えれば、
きっと、自分の思想を語る事は、もっと楽しい事になるはずだと、
そんな未来は、いつも生き生きとみんなが輝いているんじゃないかと思う。

こんな事を書いている私は、ただいま、経済活動をほぼしていなくて、
売れるかどうかも分からない生姜と米を作っています。
不安感に押しつぶされそうになる時もあるけど、
今は、自分を信じてやるしかない。走り出しているから。

この先にどんな未来があるのかは分からない。
でも、どんな時でも、笑いあえる仲間がいて、時には、怒ったり、泣いたりしても、
それでも、その後でそれ自体を笑いたい。

私は、アホが笑っていられる世の中にしたい。
だって、あたしがアホだから。

アホでも笑ってられる社会がいいよ~~~~~。







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