2013年5月11日土曜日

田植え

明日田植えをしようと思っていましたが、
来週に延ばすことにしました。

昨夜、四万十町に住む友達に苗の状態をみてもらい、
田植えの準備の仕方を教えてもらったのですが、
もう少し待ってもいいんじゃないか。。というアドバイスがあり、
よく考えた結果、来週末にすることにしました。

現在、平均5葉はあり、茎も凛としています。
この後、一気に分けつするそうなので、
来週末には、5.5葉が期待できると思う。

不織布がまだかかっている状態なんで、
月曜日の朝剥がそう。
前に、剥がそうと思った時があったんだけど、
風が強かったり、忙しかったりで、手が付けられず、
今に至っています。
やはり、徐々に外気に慣れさせたほうが良いみたいなのね。
田植えの前に、外気に慣れさせて、それで世に送り出そうと思う。

苗は子供と同じ。
田植えは独り立ちの時。
5.5葉は人間で言うと丁度高校生くらいなんだ。
田植え後は、自身で状況を判断して、
育っていかなければならない。
風に吹かれても、雨に打たれても、しっかりと倒れずに立てる丈夫な茎は何とか定てあげることが出来そうです。
あともう少し、焦らずに送り出そう。

今日は、黒潮町の友達が田植えの際にしるしを付ける道具をもってきてくれます。
彼も生姜を作っていて、忙しいのにありがとう。
循環農法や自然農で農業をするには、人とのつながりが欠かせません。
自然と繋がって、自然の一要因となることで成立する自然農法。
人間同士がより強いつながりを持つことで、、
広い意味で、近代農法に負けない生産性を保つことが大事。
どんなに理想的なことを言っても、それで笑って生きていけなければ続かないし、
人に伝え、広めることは出来ないから。

今、農村では高齢化進んで、長期休耕田や耕作放棄地が増える一方です。
この現状を打開するための仕事を役人はしていないね。
しているというかもしれないけど、ヘッドが狭いし、「まずは生産量を確保できる農法で。。」なんて言ってるから、いつまであっても変わらない。
その考え方がだめなんだって気づかない。

私の考えでは、第一に
・人は自分が直接お世話できない土地は持たない事。
 手に余ったら、その土地を個人に与えてください。
 売るか貸すかは当事者同士で決めればいい。
 一番大事なことは、同じくらい、その土地を愛してくれる人に渡すということです。
 お金で折をつけないで、愛で折を付けることです。
 
 

・よく人を見ること。

この人ならという人に渡すことが出来れば、
その土地は、いつまでも輝いていてくれるんだ。
血縁に渡そうと執着するから、結果、不動産価値が云々とかいうことになる。
農地は、農業をする人に渡す。
出来れば、企業ではなく、個人へ。
その土地で食べ物を作り食べる、そして子供を産んで育てる。。
そうすることで、土地=過去が今となり、生き続けるんだと思う。
それが、ご先祖様を大事にするって事なんじゃないかなー。

・農業は商業ではないということを認識すること。

農業は人の食べ物を作る仕事です。
今の農業はややもすると商業に成り下がっていませんか?
(商業がだめだと言っているのではないですよ。商業は生産者がいて成り立っているので、生産者のほうが尊いと私は思っているということです)
お金儲けが目的ではなく、人の体を作ることが目的でなければならないと思います。
だから、士農工商なんですよ。(これについては、歴史的背景と、教え方に問題があると思っています)
なのに、現状はまったく、このことが誤認識されている。

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私が住んでいる場所はツボみたいなところで、周りは山、海、畑だけで家がありません。土地も広いよ。
夏場は草刈が大変だしね。
この広さ以上は世話できない。
でもさー、今、町には、家が買えなかったり、土地が買えなかったりしている人がたくさんいるでしょ?怠けものではなくて、分不相応な価格だから買えない人たち。
そんな人たちにあげてほしい。
その見返りに、あなたの土地はいつまでの生かされ、手入れされて、子供の笑い声や泣き声、家族の営みを(未来を)見ることが出来るんだから。
こんな幸せってないじゃないですか。

外資に資本で土地を、生活を奪われる前に気づいてほしい。
まだ、今なら間に合うと思います。
勇気をもって、一歩を踏み出してほしい。
動き出せば、必ず縁に恵まれるから。

私はずっとそう思ってきて、そのことが本当のことだって伝えたくて、
自分の人生で実験しているけど、あと半年でその結果を一つ見ることが出来ます。

カンタティモールって映画見ましたか?
この映画のメッセージ。

「それが、どんなに過酷な事であっても、今の世の中に必要なことであれば、必ず見えない力が助けてくれる。だから恐れることはなんだ。]

言葉は違ったかもしれないけど、内容は違わない。
「カンタティモール」東ティモールに独立戦争後のドキュメンタリー映画です。

映画の主人公の男性が言っていることは本当のことです。
私たちは、遺伝子を繋いでいるだけなんだから。
そして、遺伝子は書き換えられるんだよ。

大変なこと、本当にできるのかな?間違っていないかな?って、
そんな風に思うことはよく得る。
でも、そんなとき、自問自答するんだ。

「あなたは、何のためにそれをしているんだ?
それが大我ならば、必ず大きな力が後押しいしてくれるはずでしょ?
ならば、どんな事態も恐れることはない。
もし、それが間違っているとしたならば、やり続けることが出来なくなるはずだから。
それまでは、道が続く限り進んでいいということなんだよ。」

ってね。

もし、道が途絶えたら、次の道が現れるまで待てばいい。
自分と向き合って、自分の中の変化をよく観察するんだ。
必要な時に、そういう時間を持つためにも農業をするんだよ。
生きていけるからね。

少しでいいんだよ。
畳一畳でいいんです。
みなさん、農業をしてください。
どこででも、いつでも、自分のペースで、しかも確実にやった分だけの成果が得られ、土地を日本を地球をきれいにしていける手法なんです。

人間は、すごい方法で、決して犯されることのない情報ツールを持っているんだ。
そこには、みんなが幸せでいられる方法が書き込まれている。
それを解読する事が、生きるということなんだと、そう思っています。


 


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