2018年8月23日木曜日

台風20号対策

只今、台風20号対策を終えて、室内でデスクワーク中です。

台風対策って何するの?ってことで、先ずは生姜。

高知は、毎年必ず台風が来るので、梅雨入り前にはその対策の為のネットを貼ります。


菱形が連なるネットを畝幅に合わせて張り、その中に生姜が通るようにします。
そうすることで、風が吹いて茎が折れる事を防ぎます。


生姜も他の植物同様、葉で光合成を行い、光エネルギー(日光)により植物の成長に必要不可欠な栄養分をつくり出しているので、台風で茎が折れてしまうと、その後の生姜の成長に大きく支障をきたすのです。


私は未だ経験したことがないのですが、コンサルをしてくれている、おだたさんは、手塩にかけて育てた生姜が、目の前でボキボキと折れていくという経験をしたことがあるそうです。


「ただ、目の前にある生姜が折れていくのを見ているしかなかった・・・」

あーーーー、そんな思いを絶対にしたくない。

今年の高知は、今のところ大きな台風被害がないのですが、過去、もっとも早い時で、7月の後半に台風が来たことがあります。

いつ来てもいいように、梅雨入り前にはネットを張る事にしています。
かく言う私ですが、生姜栽培初年度は、

「ネットとか台風が来なければ張らなくてもいいんじゃない・・・」

と思ってたんですよね。

でも、いざ台風が来て、目の前でゆらゆら揺れている生姜の茎を見ながら

「これはヤバイわ」

と思って、雨の中、当時高校生だった息子に手伝ってもらいながら、ネットを貼ったっけな・・・(苦笑)

農業は、事前の準備がもっとも大事です。
あらゆる可能性を考慮して、予め取り組む事が大切。
それが出来ていれば、慌てずに済む。

昨年までの5年間で、私は、必ずやらなければならないことや、やるべき事に適期を完全(知識だけではなく、経験も含めて)に理解出来きて、尚且つ、それを実行することが出来ているので、台風休憩を取ることができています。

もちろん、事前の手を打っても、どうにもならない自然災害はあります。
台風直撃なんて時には、本当に心配ですよ。
でも、私の出来ることには限りがあります。
出来ないことは出来ないから、だからこそ、出来る事はやる必要があって、それ以上の事はキッパリ諦めて、次に進まなければならないですね。

その時の為の覚悟も含めて、圃場を決めたり、植え付け日を決めたり、日々の世話をしています。

それともう一つ、今年はレモンの木にも、台風対策を施しました。
まだ、定植後三年目の幼木なので、枝が細いんですよね。
台風で折れる可能性は十分にあるので、そのような事が起きないよう、ポールとマイカセンを使ってある程度、枝を固定しました。

今年は、レモンの木のオーナーさまへ5㌔をお届けする約束になっていますので、オーナー様へご挨拶。







本当にありがとうございます。

予め、お届けする先があるって、本当にありがたいです。

今年から、新生姜や青柚子もご予約販売を始めました。
農作物は、収穫直後がもっともフレッシュです。
そのフレッシュなタイミングで直ぐに、「発送⇒お届け」出来ると、ムダがないんですよね。

特に、新生姜は掘りたてが一番!
掘ってから日が経つ毎に新生姜の良さが薄れていきます。
ですので、昨年までは、ご注文の度に、その都度、「注文受付⇒ご入金確認⇒収穫⇒発送⇒お届け」と、いう作業をしていましたが、ご予約販売という形にしてからは、予め注文受付とご入金確認ができているので、発送日に一斉に、「収穫⇒発送⇒お届け」が出来るのです。労働の省エネ化ですね。ですので、仕事量が減る事によりご予約割引きをさせていただいています。

値段って仕事量なんですよね。加えて、仕事への対価だけでなく、商品として成立する前後の時間もまた、価格に反映されるわけです。お客様が前もってご予約をしてくれることで、普通よりも早く物が商品へと確約されるわけですから、その分安く提供出来るという必然性があるのです。

そういうロジックを用いることで、提供価格を下げることが出来る。

今までのように、生産者の取り分を下げる事でしか価格が下がらないような商法ではなくて、予約販売のように生産者と消費者が主体的に歩み寄れる現代の利点を活用する事で、より良いものが獲得しやすい社会になるといいなと思います。

こんな感じでお客様と取引できるようになると、私の仕事というのは、約束された未来を造る事になるのですよね。更にいうと、あるべき道を歩くことが仕事となり、それは、一人で思い描く未来ではなくて、お客様と共に歩いている道になるので、一人で歩くよりもグッといいですよ。もちろん、絶対的な責任は負います。それは途中でやめないという責任です。でも、そんなことは初めから決めている私にとっては、リスクでも何でもなくて、その逆、サポートしてくれる人たちがいるだけなんです。

これが私の描く、生産者と消費者が共に育む農業なんです。

まだまだ、私の未体験ゾーンはあります。そのことで、思いも寄らないハプニングも起きると思う。だからこそ、過去の経験から獲得したことは、確実に実行することが大事。
その積み上げからのみ、真に理想とする農業が存在し得るのだと思います。








2018年8月19日日曜日

数年ぶりの夏休み

8月12日から数日間、何年ぶりなのかしら・・・夏休みなるものを獲得。

今年は、過去の反省や発見から、必要な作業工程をほぼクリアーできている事もあって、安心して丸ごと夏休みを取ることが出来ました。

そもそも、8月12日頃に兵庫からyamsaiと仲間たちが高知にくるという連絡があって、ならば

「私もそこ休む、そこ遊ぶ事にするわ」

という流れ。

yamsaiとは、兵庫の移動販売八百屋。
始めて『空の下』の生姜を売ってくれた八百屋なんです。

facebook繋がりなんですよね。
この話をすると長ーーくなるので、ここでは割愛。

兎に角、『空の下』と世界を共有しているyamsaiの
初来高ということで、そりゃー行かねば、会わねばという、イベントだったわけです。

ところがですね。私のまーいつもの事というか、よくある事なんですけど、イベント開始時間を間違えてしまって、会場の着いた時には既に終了(チーーン)

(またやってしまった・・汗)

で、

「yamsaiたち何処に行ったか知ってますか?」

と家の人に聞いたところ

「川に行くって言ってました。。。確か黒がついたと思うんだけど。。。二時間くらいかかるって言ってたかな・・」

はいっ、ここから私の夏の旅の始まりです。

ここでいただいたワードは、黒と川と二時間。。

(黒と川と言ったら黒尊川だろうな・・)

とここまでは直ぐに分かったのですが、
黒尊川と行っても、川ですからね。。。。長くて広いよ。どのポイントなんだって話。

(まー複合的な情報から導き出した先へ行きますか。。)

ということで、行った先にいたいた。
会えた会えた。
黒尊渓谷、上り登った先。



着いた時は、間もなく夕飯の時間だったんだけど、
こういうのって、時間が合ったっていう事なんですよね。

私は、約束するのがあまり得意ではないんですよ。

特に農業をやっていると、何があるかわからないし、体調とかもチョッとしたタイミングで崩れたりするでしょ。それとね、自然の中で、自然を満喫しようと思うと、自分の流れを重んじることがとても大切なんですよね。

経験的にその事が分かっていて、その上で会う人というのは、「人に会った」というより「時間が会った」という方が、感覚的に正確なんです。

私が過ごしたい夏休みはこういう夏休みだったんです。

なにか、、時を過ごすとき、リラックスして流れる時間を過ごすには、
時間が合う事がとっても重要なんですよね。
この感覚、分かりますか?

感覚なんですけどね。
しかし、孤独な感覚ではなくて、
例えば、川の流れゆく時間であってり、自然の木々の時間であったり、大地の時間であったり、そこを行き交った人々の時間であったり、其処に生きている虫たちの時間であったり、、それぞれが独自の時間を生きているわけなんですけど、ある地点で、それらが会うんですよね。

その会った時間の広がりっているのは、果てしなく流れる宇宙なんです。
私はこの感覚が好きだから。

それで、やっぱり其処は最高に美しく、エネルギッシュな場所でした。





兎に角水がきれい。
子供も安心して泳げる川だから、泳ぎの苦手な私も安心して泳げました。
川に体を浸すと、(グアーーーー)っと、エネルギーが全身に入ってきて、
体全身スッキリーーー♫

入るは抜けるはで、もう何もいらない状態。
人より圧倒的に自然の生命力の方が優っている心地よさ全開です。



自称「川族」がヤリで仕留めた魚
自然の命が濃かったです。



混ぜれるごとにご飯が増える鍋(笑)
キャンプの必需品だわさ。




はらぺこギャングの為に、常に火があり食事がある豊かさ。
ここでのご馳走は命そのもの。
自分の命と他者の命が交差した時のご馳走は、
心の底から唸る美味しさでした。


水は命の源



黒尊渓谷で数日感を過ごしてから、私は海の方へ南下。

初足摺岬へ。


亜熱帯樹木の生命エネルギーがすごい!
動いているし、話しているし、命の音がする。

私よりもずっと長い間、この地球に生きているそのバイブレーションと共鳴するのって、本当に楽しくて、その姿を見るだけで、木の時間にトリップできる。。この時間が好き。







樹木の素晴らしさって、空間を生きる知性に思える。

その枝ぶりにはムダがなくて、空いている空間に伸びるの。
その姿が宇宙なんですよね。生きてるし、バランスいいし、だから躍動感がある。
私たちが存在している透明な空間は、無とか空ではなくて、触れる事ができる(常に触れている)場であることを樹木は教えてくれます。


「 休み」って何をもって休みと感じるのかな?
数日間の夏休みを終わらせて、いつのも風景に戻ったとき思った。

人生そのものが休みになりつつあるなって。

それは、切り取られた特別な時間なのではなくて、むしろその逆。
人間だけの狭くて短い時間からの開放。

私は、限りなく広い時間の住民になりつつある。
私のいつもの風景にも植物の命が満ちていました。



田んぼの稲。休んでる間に育ってた。



生姜もすごい!生きてる感満載です!


兎に角、私の周りには植物がいっぱい。
人間よりも植物の方が圧倒的に多くて、植物はその姿全身で私にコミットしてくるから、
私はそれだけで、もう十分に楽しい。

その先へ。

人は、人の群れに甘んじていると、その先に行けない。
多様性とか言ってるこの社会の目指す人像ってどんなヒトなのかな?

人の群れのその先に、キラキラした美しい世界はある。

誰でも行ける場所なのに、なぜか大半の人はそこまで行かないんだよね。
だからこそ、私は、超レアな美しい自然を満喫出来ているわけだけど、
本当は、みんなに、この美しさを知らせたい。
でも、そうしたら、この美しさは無くなっちゃうのかな。。

極限られた人しか行かないから、そこが美しいのかな。。
そうなのかな。。

私は思う。
私はその先の美しい世界で生きたい。

生き物は、時間そのものだ。










限られた時間と、限りない時間に生きる、沢山の命の泉に浸った夏休みでした。








2018年6月20日水曜日

農作業に没頭する日々

前回ブログを書いてから、もう二ヶ月も経ってしまった。

この間、私は予定通りに農作業を進めることだけを考えていて、
やるべき事、やるべきタイミングを逃さないように、
自分自身の弱さと常に向き合っていた。。今もだけど。



ここらでちょっと。ダラダラとお思うことをブログに書いてみることにした。

私のように、一次から六次まで全てを一人でするとなると、
その配分や意識の切り替えが本当に大変で、もっとも辛い事がそれ。

農作業と食品加工作業は、集中の仕方が全く違うし、
販売に関しても全然違う。
同時にあれこれなんて出来ないんだ。

なので、月の前半は農作業に集中し、後半は販促活動に集中するという、
ざっくり二分割しています。

農業を初めて6年が経って、自分で言うのもなんだけど、
かなり成長していると思う。
草刈一つとっても、下手な男の人よりも

(私のほうが上手いわー)

と思うことあるし、生姜栽培の心意気というか、

(いい生姜を育てるぞ!)

というハートや集中力も、かなりイケてると思う。
もちろん、まだまだだし、腕力には叶わないけど、
でも、栽培に関するクールさは、負けてないと思うんだ。

農村における女の人は、だいたいが旦那さんがいる奥さんで、
旦那が主導して農業をやっているケースが多い。
肉体労働だから、当然なのかもしれないけど、
結局は一人は先に死んじゃうし、ならば初めから一人
でもできる方がいいかな。。と思ったり、、でもやっぱり、
旦那がいて奥さんで農業やってる方が気が楽だよな。。と
思ったりもするんだけど、、、私自身、自分でできるところまでは、
やらずにいられない性格なんだと、最近は諦めてる。

(自分ができることは、全部やってみたい)

と、欲張りなんだよね。

そんな私なので、一つ達成すると、また一つ、
一つ山超えると、超えたところから、次にやりたい事や
課題が絶対に出てくるという、、ほんと嫌になっちゃう性格。

それでも、先日は、一日だけ、ズッポリ休むことが出来た。
あんなにスッキリ!心底休めたのは何年ぶりかしら??と、
まー、ある意味記憶障害的な、過ぎた事はすっかり忘れている
だけという話もあるのだけど、それでも、チョーーーーー
久しぶりに開放された。

最近思うんだよね。
日本ってダメだなーって。

この国に縛られていても未来はないなーと思うのね。

都会から田舎に来ても、この国にいる限り、社会常識という枠は、
結局のところ、同じ枠がついてまわる。
もっと違う世界に行きたいと思うようになってきた。とてもリアルに。

今の常識がひっくり返るような、カルチャーショックを得たいというか、
そんな欲求なんだ。

爆発的にぶち破りたくなってる今日この頃です。

でもね、今を壊したいわけではないんだ。
むしろその逆で、今を固定化したいというか、
確実に、一定のクオリティーを出せるようになりたい。
その為にも、今年は、予定通りに作業を進めて、
時間を追い越して行きたいんだ。

そして、確実に狙ったクオリティーで結果を出すことが目標。



日々、販売もしなくちゃならないし、セールスもしなく
ちゃならなくて、それらが入り混じって、底知れぬ不安に
押しつぶされそうな気持ちになることがあるんだけど、
そんな時も、

(先ずは目の前のこの作業をやろう)

とか、

(確実に狙ったクオリティーで結果を出せば、必ず次のお宝が見えるはず!)

と心で呟きながら、農作業をしていて、シンドくなると、
もう一人の自分と会話しながら、、まー農業って、
精神性を磨くことのような気がする(笑)

近年、農業における化学肥料、特に窒素肥料の使いすぎが
大きな社会問題になっている。

地下水は、人の健康の保護に関する環境基準が設定されている
26 の項目の中で、硝酸性窒素や亜硝酸性窒素が、
環境基準を最も大きく超えていて、これらを一定以上含む水を
ヒトが摂取すると、血液の酸素運搬能力が失われ酸欠になる
症状(メトヘモグロビン血症)を引き起こすとともに、
発がん性物質であるニトロソ化合物が体内で作られる
可能性が指摘されているんだ。

また、硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素は、河川や湖沼、
閉鎖性海域の富栄養化の原因にもなる物質だから、
窒素肥料の使用を制限する事が急がれているんだよね。

戦後、1950年以降、世界の人口は急激に増えていて、
これを下支えしていたのが穀物の生産増と言われている。
この間、農地面積は増えていないのに、生産量が増えて
いるのは何故だと思う?
機械と、農薬、化学肥料(主に窒素肥料)の使用が増えて
いることで、反収が増えたからんだ。

現在、みんなが日常的に買い物をしているスーパーなどに
売られている野菜は、表示がない限り、全て化学肥料と農薬
で作られています。なので、私たち日本人の胃袋を支えてい
るのは、間違いなく、農薬、化学肥料なんだよね。
この現実をみんなはどう思っているんだろう。

百歩譲って、まーいいじゃん、お腹いっぱいになれるんだし。。

と言っている場合でもなくて、水質が汚染されているわけだから。。。
戦後70年掛けて撒きまくった窒素肥料がさ。。

しかも、その栽培方法を改めようとする動きがほぼ無い。
いや、正確には上からのお達しはあるんだけど、
実際にそれを実行する農民がいない。。
栽培方法を切り替える乗って、とってもリスキーなんだよ。
だって、生活がかかっているんだから。

ほんと、どうにもならなくなっている国、日本。

種がどうとか、あーとか言ってるけど、実際、ほとんどの農家が
F1の種を毎年買って栽培しているわけで、既に自家採種で農業を
やっている人なんて、ほぼいないから。。という現実。。
既に大方進行末期。

国内の人口が減っている今、窒素肥料に頼らずに国内生産量を増やして、
自給率を上げる事は、理論的に十分可能だと、私は思うんだ。
そのためには、まず、農業者人口を増やさないと話にならないんだよね。

自然栽培で農業をして、作ったものを売っているだけのオタク(キワモノ)になったって、全く未来は明るくない。

その先で、日本がネオニコチノイド系農薬とか、ラウンドアップとか、使用禁止できる力を日本人が持たなければ、この国も常識という枠から逃れる事は出来ないんだ。

そのためにも確実に一定のクオリティーを出せるようになってから、
ぶっ飛びカルチャーショックを受けたいが為に、違う国に行きたい!

また、明日から明るい未来の為に、ぶっ飛び脱出するために頑張るぞ!




美味しい野菜と豊かな海の恵みに感謝。
大地と空と風と、動ける身体に感謝。

明日からもよろしくお願いします。





2018年4月22日日曜日

豊かな暮らしって何なんだろう。。

豊かな暮らしって何?

暮らしに豊かとか豊かじゃないとか、そういうのってあるのかなー・・。
あるとしたら、それってどんな暮らしなんだろう。。。

今まで、自分が求めてきた暮らしとか、
好きな暮らしとか、そういうものを

「豊かな暮らし」

って言っているだけで、では、

「それは具体的にどのような暮らしなの?」

って聞かれたところで、それを不変的に答えられる人っているのかな?

私自身、『空の下』を通して、豊かな暮らしを造り、育み、発信していく過程で、

「それってなんだよ」

って、分からなくなって来てた。

何故かって、
それは未だに、日本国内の殆どの人が
農村を必要と思っていないように見えるからなんだ。

豊かな暮らしの為に、農村が必要なんだと、
思っている人が、本当に少ないと感じるからなの。

なんで??って思う。
みんな野菜食べるでしょ?
お米食べるでしょ?
魚も食べるよね。
お肉だって・・・。

家にはカッコイイ食器棚があるでしょ?
机に、椅子、靴、服。。

木は林業、
魚は漁業、
野菜は農業、

全部、都会じゃなくて田舎(農村、漁村)で作られているんだよ。
豊かな暮らしを育んでいるのは、田舎なんでよっ(^^)

なのにね、都会で豊かに暮らしたいと思う人が増えれば増えるほど、
農村、漁村は、とーーーても厳しい状況が続くのね。
みんな豊かな暮らしを支えている人たちが、
厳しい状況にいるって事を、知らないでしょ?
知識で知っていても、知らないんだよ。
だから、いつまでも、自分はショッピングを
楽しむ暮らしをしているんだよ。

いいのよ、わかる、分かるよ。
みんな色々あるよね。

でも、、違う、、このままでいいはずがないよ。
時間とともに、消えてなくなる物が、
豊かな暮らしが、、私の目の前にあるから、
だから、それを伝えたい。

伝えるだけじゃなくて、繋げたい。

・・・。

5月の連休明けにはね、
文旦の受粉作業が始まるんだよ。
この作業は、雌しべが潤っている間に、
行わなければならない作業だから、
短期間に作業する人がいなければ話にならないのね。

現在の「農業」に於ける文旦栽培では、
受粉作業が不可欠なんだ。
この作業をしないと実がつかない。
なぜなら、媒介する虫がいないから。
多分その原因は農薬を撒いているから。

文旦の木は、自家受粉しないのね。
他の柑橘の花粉でないと受粉しない。

農薬がガッツリ撒かれていないところで、
家庭菜園程度の文旦の木なら、自然受粉もするよ。
でも、みんなが食べれるほどの文旦を作っている農家では、
人工授粉しないとダメなのね。

だからさ、みんな文旦食べたいなら、手伝って欲しいんだ。
私は、みんなが手伝いに来れる環境を作ることに、
尽力するから、みんなも、手伝いに来れるように、
少しでいいから頑張ってくれないかな。

えーーっと、
文旦の受粉にはね、小夏の花粉を使うんだよ。



これが小夏の花の蕾です。この中に花粉が入っています。
一日採り続けて、やっとカゴ(直径30cmほど)の三分の二が貯まる程度しか採れないんだ。
この作業を、毎年毎年、農家は家族でやるんだよ。
おじいさんもおばあさんもやるの。

花粉が足りなくなってしまったら、文旦の受粉が出来なくなってしまうから、
これは絶対に欠かせない仕事なんだ。

この作業はね、やる人が多ければ多いほど楽なのね。
花自体はいい香りがして、採りだすと夢中になっちゃう。
まるでどんぐりを拾っている子供のよう(笑)
大きいのを見つけると、採らずにはいられないってね。

でもね、この作業をする時期っていうのは、農家はとっても忙しい時期なの。
生姜の植え付けと、小夏の収穫とが重なるから。
深夜まで花粉作りの作業をしたりするんだって。

私は、『空の下』の文旦の受粉の為に、
小夏の収穫をしているハウス農家に行って、
花粉を採らせてもらったんだ。
みんなは小夏の収穫をしてた。
その間に、色々教えてくれて、ありがとうございます。



でね、この小夏の蕾を機会にかけて、花びらと花粉に分けるの。


分けとった花粉を、次は篩にかけて、、更に細かく花粉以外を取り除くんだ。
この作業を4回程度する。


ここまでより分けたら、次は乾燥機に入れます。


農業をするには、最低限必要な機械があるんだよね。
人とご縁があって、出来る仕事が農業なんだ。
良いとか悪いとかじゃないの。
人の経験と知恵を繋いでいく事で、豊かな暮らしが維持される仕事なんだ。


花粉をまんべんなく撒いて、乾燥機で約12時間。


これが乾燥上がりだよ。

乾燥した花粉をもう一回篩にかけたら、出来上がり。



出来上がった花粉は、厳重に密封して、受粉作業前日まで、冷凍庫で保管します。

受粉する前日になったら、この花粉と石松子を一対一で、すり鉢ですり合わせで仕上げます。

花粉は、とってもデリケートな物なんです。
とにかく湿気に弱いので、絶対に濡らしたらダメ。

受粉する日も、雨上がり後はダメ。
葉にも何処にも水がついていない事を確認して受粉は行わなければなりません。
また、受粉作業後、最低でも三時間程度は晴れていないとダメ。
せっかく受粉作業をしても、流れて結実しません。

だから、ゴールデンウィーク明けの晴れた日に、出来れば一斉に行いたいんですよね。
季を逃すと、作業ができなくなってしまうから。
これが農業って物なんです。
高齢化だけでなく、農業従事者が減っている農村が、どれだけ大変か、
農業をやったことのない人でも、少しは想像できるかな。。

みんなは、こうやって、一生懸命頑張って育てた文旦を買って食べているんです。
文旦を安く買おうとしないでね。
そして、出来れば、見た目とかも、気にしないでね。

小夏もそうなんだけど、見た目が悪くて市場からはじかれる物に、
激ウマの物があったりするんだよ。

私は、作業を教えてもらいながら、農家の仕事も教えてもらいます。
話を聞く中で、短期間でやらなければならない作業に、
人が集まってくれたらな・・ということ。

今年、『空の下』は、遠方からでもココに来てもらって、
農作業を手伝ってもらって、作業時間以外は自然を楽しんでもらえる、
そんな空間創りを始めたいと考えています。

昨年までの目標や課題とは少し違えて、
この敷地内を充実させたいと考えています。

少しづつ形になっていくと思う。
それで『空の下』の現状を伝えたくて、動画を撮りました。

敷地内を散歩しながら、あーだこーだ言っています。





私自身は、今年、生姜の作付面積を昨年の半分にしました。

去年一年間、一緒に働いてくれた八木さんが独立新規就農者として、
私と同じくらいの面積の生姜の作付をした事が、私の安心になっています。

『空の下』は、オーガニックの農作物のシェアを増やしたいんですよね。
私が大儲けしたいんじゃなくて、全体のシェアを増やす事が目的なので、
一人が、生姜を一反5畝作って生計が立つ農業モデルがいいな。。と考えているわけ。
横の繋がりを充実させることで、圧倒的シェアを図りたい。

一人がトップにいて、その下に二人いて、またその下に5人いて、、、みたいな、そういうピラミット型ではなくて、円(丸)がいいと思ってるんだ。
その中心に目的があって、目的までの距離はみんな等しいのね。
距離が同じだから、誰に変わっても、同じような成果を挙げられるわけ。

そんな事で、私の考える「豊かな暮らし」
っていうのは、たぶん、繋がる暮らしの事なんだね。
旅行とか、そういうんじゃなくて、
暮らしが繋がる事なんだと思う。

5月のゴールデンウィーク明け頃から2週間くらいの間は、
高知県土佐市の文旦農家では、一斉に受粉作業が行われます。
真面目に仕事をする人には、大金じゃないけど、アルバイト代がでます。
アルバイトまでは出来ないけど、一日程度やってみたいという人は、
ボランティアで受け入れます。

手伝いたい人は、お問い合わせくださいね。
私はしっかり繋げます。

それと、『空の下』でも干物を販売していた『岡岩商店』が、
アルバイトを募集しています。

干物の串挿しとか、そういう加工作業の仕事が主だそうです。
イレギュラーなんだけど、大体一月10万円程度の仕事はあるみたい。

作業してくれたいた人たちが高齢なので、人がいないんだって。
もし、高知の漁村で仕事して、高知で暮らしてみたいという人がい
たら、空家も用意できるみたい。
田舎暮らしに興味があるけど、踏み切れていない人がいたら、
連絡ください。これも私がしっかり繋げます!

但し!不真面目な人はお断りです。
真面目に働く人に限ります。

ここは、海の幸と山の幸があって、本当に食べ物が美味しいところです。

色々あるけど、この豊かな暮らしを、未来に繋げる事は、
とても価値のあることだと思います。

2018年度の文旦の木オーナー権はまだ販売しています。

http://soranosita.net/?sid=46&fid=&pgjun2=27&mb2=1&mid=&mid9=&cid=&srid=&knid=&jtid=

今年は、文旦の栽培をプロ並みに出来ています。
花粉の用意もしたし、準備万端です!

人の手で、美味しい文旦を育てる醍醐味を経験する年になりそう。
『空の下』では肥料を入れていないので、人の手がちゃんと入る事で、
どこまで木の樹勢が高まり、どこまで美味しい文旦が実るのか??
それを私は知りたいと思っています。

オーナーは、一般で買うよりも安く文旦を手にすることが出来ます。
代金は前払いなので、なんらかのトラブルで文旦が収穫できなかった時の決まりなど、規約に書いてあるので、ご一読の上お申し込みください。

時間と距離を超えれる仕組みを、共に作って行きましょう。

2018年3月12日月曜日

2018年度 文旦の木オーナー権の販売を開始します。

2018年度も、文旦の木の年間オーナー権を発行することにしました。
今年で3年目となる『文旦の木オーナー権』です。

(↓文旦の木オーナ規約)
http://soranosita.net/?sid=46&fid=&juninow=1&pgjun2=12&mid=&cid=

『空の下』のオーナー制は、文旦の木を生産者だけで育てるのではなく、

”消費者も共に育んで行きましょう”

というコンセプトを持っています。
遠距離にいて、実際に生産現場には来れないけれど、オーナーになることで、単発的に物だけを買う消費行動から、年間通して関わる意識の転換というか、、、想ったり、関心を寄せたりすることから始まる生産活動ってあると思うんですよね。
『文旦の木オーナー権』は、消費者と生産者の垣根を超えて、共に未来を育む制度です。

昨年、一昨年と、色んなオーナー様がいらっしゃいます。

2年続けてオーナーになって下さった方もいます。

みなさん、其々に異なる思いがあってオーナーになって下さるのだと思うのですが、私が本当に嬉しく思うのは、一年に一度の文旦の実りを心待ちにしている、そのお気持ちなんです。

「そろそろだわ、今年はちゃんと実っているかしら。。」

とか、事あるごとにオーナーさんは、実りへの想いを感じて生活されている事がわかるので、そんな風に楽しみにして下さる気持ちが嬉しいんですよね。

「もっと喜んでもらえる文旦を作るぞ!」

って、自然に思える。

そういう繋がりが「文旦の木オーナー権」にはあります。

「いつか、そちらに行きたいと思っています」

とメッセージを下さるオーナーさんもいます。

勝手な想像ですが、「いつか・・・」の切符というか、

「ここがあれば、オーナー権があれば、きっと其処に行けるようになるわ」

みたいな、そういう自然への御守りにも活用してもらえたら、それはそれで嬉しいことだなーと思います。

・・一年目・・「文旦の木オーナー権」を買ってくれた青年が、今年から自然栽培の生姜で就農しました。彼がなぜ文旦の木のオーナーになったかというと、

「必ず、高知に来る理由を持ちたかった」

からなんですって。。その策は有効だったみたいですね。
先ずは一本の文旦の木から。。。。

それと、二年連続でオーナーになってくださっている方で、毎年子供を連れて収穫に来るオーナーさんもいます。

子供たちの生き生きとした表情(笑)
それは子供だけじゃなくて、大人も同じなんですけど、自然の中で農作業をしていると、どんどん表情が元気になるんですよ。とってもハイになる。

特に子供の素直なエネルギーはすごいですよね。

http://sora-no-sita.blogspot.jp/2017/04/blog-post.html
(↑子供たちが来た時のブログ)

自分が出来ることを、手で足で体で実感する体験、、それが農作業です。
農業は生きる為のはじめの仕事ですから。食べ物を食べて生きる私たち人間。
自分の手によって得られる物をダイレクトに実感出来る仕事なので、
心のストレスがないんですよ。

そうそう、昨年は、ある日突然現れた青年がいました。

話を聞くと、お母様がオーナーになっていて、
「ちょっとあんた見て来てよ」
と言われて、旅の途中で立寄たっとか(笑)

とにかく色んな思いでオーナーになって下さる皆様。

『空の下』は、ちょっと変わり者の集団なんです(笑)

自由が好きで、自然が好きで、働く事が好き。

常識を強要される事が嫌いで、自分以外のキャラにはなれないという、ちょっと個性的な人間ばかり(笑)なんですけど、とにかく作る事、育てる事にはチョーーー真面目で誠実な集団なので、機会があれば、農作業にも参加してもらって、エネルギーを充電してもらえたら嬉しいですね。

詳しくは、「文旦の木 オーナー制について」を読んでくださいね。
(↓文旦の木オーナ規約)
http://soranosita.net/?sid=46&fid=&juninow=1&pgjun2=12&mid=&cid=


必ずしも思った通りにならない人生。
直ぐに結果につながる事ばかりではない人生。

人生って目に見えないエネルギーにほぼほぼ支配されているけれど、実はそうでもないことを植物は教えてくれます。

手をかけたらかけた分だけ、
世話をすべき時に、世話をしたのか?
すべきではない世話をしたのか?
そういった「自分の行い」の結果を必ず見せてくれます。

2018年!新たな実りへ向けて、
確実にやるべきことをやって、納得のいく実りを得たい!
その想いに心躍る、春うららかな今日この頃です。

今年の文旦の作業スケジュールは充実しています。
枝の選定から始まって、受粉作業、摘果作業、草刈と、木を育てる楽しさを年間通じて味わいたいです。

木はいいです。
年を重ねるごとに、木への想いが自分の意識を遥かに超えて、木という生き物の時間にリンクしていく面白さを感じています。


2018年2月28日水曜日

平成30年度農林水産省政策目標「新規就農し定着する農業者を倍増し、平成35年までに40代以下の農業従事者を40万人に拡大」

久々のブログ更新です。

2017年年末から2018年現在まで、沢山の動きがあって、
長文で書きたいことがいくつかあったのですが、
目まぐるしく追われる中で、どうしてもブログを書く時間が持てませんでした。
今やらなければならない事が沢山あって。。。

一つ一つ事を終わらせつつ、それら全てが連動していて、
今日書いた内容も、年末から年始にかけて私個人が調べたデータを元に、
経営コンサルのおだたさんから計算方法を指導してもらって、
算出した内容になります。

私が参照したデータは、すべて農林水産省のホームページからみる
ことが出来ますので、興味ある人は是非見てください。
ただ、これらのデータは大変見づらいです。
ものさしが複数あって、一律に統計し辛いだけでなく、
じっくり見ていると、数値の良いデータだけを持ってきたかったのではないか。。
と思われるような、まとめ方をしている節が見られるからです。

しかし、見れるデータからしか予測できないので、
私なりに、なんとか算出していました。

日々の暮らしの中で、漠然と実感している事柄や、
自分周辺で起きている事だけで、日本社会を語る事だけでは力不足。
思い込みだけで語っても面白くないから、
自分が考えていることの裏付けを取りたかったし、
全体を知ることで、自分がどの様に生きていけばいいのか、
また、その生き方はどの位置に存在する事になるのか。。
そう言った事を客観的に知る必要があったんです。

なぜなら、私は多分、多くの人以上に社会に反骨心を持っているし、
自分が間違っていると思うルールに従いたくないし、
理想とする社会像を、、まだ漠然とですが持っているからです。

いつも、毎日思う。。

(なんでこんなに大変なことをしてしまったんだろう。。
やめる事だってできるのに、なんで辞めないんだろう。。)

そう思って、直ぐに思い出す

(常に私は社会に不満を持っていて、普通に生活していても苦しかったんだよね。。
今までずっと苦しかった事を改善する道は農業だと思ってこの仕事を選んだのでなないか。。)

ということで、現在続行中です(笑)

さてここから本題。。

みなさんは、平成30年度の農林水産省の
「農業人材力強化総合支援事業」をご存知でしょうか。

file:///C:/Users/saranosita/Desktop/農林水産省資料/5%20農業人材力強化総合支援事業.pdf
(↑参照データ)

この事業に於ける政策目標は、

「新規就農し定着する農業者を倍増し、平成35年までに40代以下の農業従事者を40万人に拡大」

この政策目標、、国は本気で達成する気があるのか否かについて、
私なりに分析してみたいと思います。


平成12年から平成26年までの49歳以下(40代以下)の基幹従事者数推移から,
同年齢の年平均増加率を算出するとマイナス3.3%となります。

49歳以下の基幹従事者増加率(マイナス3.3%)から、
平成35年に49歳以下の基幹従事者が何人になるか。。
数の予測を立てると11.3万人になります。
40万人なんて、到底及ばない数字ですよね。。そこで、

「ちょっと待てよ、、」と、

平成25年から28年までの49歳以下の新規就農者数(新規雇用就農者も含む)のデータを元に、
平均増加率8パーセント加味して計算予測を立ててみました。

file:///C:/Users/saranosita/Desktop/農林水産省資料/index-2.pdf
(↑参照データ)

そしたら、平成35年の予測数が30.3万人となりました。。が、
これでも40万人にはとどかない。。。
どころか、、この見立ては、新規就農者が誰ひとりとして辞めない
前提での予測であり、現実的に考えれば、そんなことは有り得ません。

一般企業の就職後の離職率を見ると、3年間で3割が離職すると言われています。
新規就農者の離職率を一般的なデーターに当てはめた上で、
改めて、35年の農業従事者数の予測を立ててみると11.6万人となった。

要するに、平成25年から平成28年までの3年間における新規就農者数の
増加率を加味しても、加味しなくてもほぼ同じ数字となったわけだ。
では、政策目標である40万人に達するためには、
年間何人の新規就農者が必要となるのか、
目標達成の為に必要な数を算出してみたところ、
年平均3.7万人の新規就農者が必要なんですね。

平成28年度の新規就農者数が2.2万人ですから、この数字ベースでいくと
更に1.5万人増を狙って行かなければならない事になります。


このような過去のデータから、政策目標数40万人を達成する為に、
実行すべき政策課題は、波波ならないものであることが容易に推測できます。

ところが、数値目標を掲げている現政権のもとで、
平成30年度「農業次世代人材投資事業」の予算はたったの約175億円??
予算額からみると、11,689人分の交付金しか用意されていません。

年平均3.7万人の新規就農者を確保しなければ、目標数に達しないと思われる中、
僅か約1.2万人しか「農業次世代人材投資事業」の認定が受けれないとなると、
残りの2.5万人は、自力で就農してくださいね。。もしくは、
「2.5万人就農するかどうか分からないけど、
まっ、それは個人の自由ですから。。」
程度の。。。国家危機。。。乙。


因みに、平成28年の同事業の交付対象者数は、準備型と経営型併せて
僅か14,779人、総額約222億。平成30年の「農業次世代人材投資事業」の
予算が約175億円と減額となっています。

現政権の平成30年における政策目標

「新規就農し定着する農業者を倍増し、平成35年までに40代以下の農業従事者を40万人に拡大」

は、絵に描いたもちか。。

端っから達成するつもりのない目標を立てる農林水産省って何???
それとも、過去の最悪なデーターをもってしても、
40万人を達成できる得策あるんですか???

。。。もし、あるとしたならば、それは大企業による
農業参入による雇用増加しかないと私は考えています。

種子法の廃止による民間企業参入を始め、日本の農業は、
企業が主体となって農地を活用し、農民を雇用するという
青写真が見えてくるように思うのです。

農民のサラリーマン化。。

そうなれば、企業方針に沿った農業展開となるのではないかと、
そのような姿しか見えてこない予算配分なんですよね。

ここで改めて考えて欲しいんです。

農業に新規参入する当たって、自力の自己資金のみで、
栽培リスクを抱えて新規就農する若者が果たしているだろうか。
いると考えた貴方は余りにも現場を知らなさ過ぎると言わざるを得ない。
実家が農業を営んでいたとか、祖父母の田畑があるとか、そういう若者なら、
自己資金(家督)で就農できるだろう。。しかし、そのような人材はレア。


例えば、慣行農法で就農しようと思えば、農機具等、
初期投資で1000万円はかかると言われている。
実際にその程度は掛かると思われる。
JAに農作物を収める事前提で資金援助は受けられるが、
要するに借金。

これに対して有機農法もしくは自然栽培で就農すると、
多額の初期投資は必要ないが、JAにそのカテゴリーがないので、
販路を自力で開拓しなければならない。
故に、販路を獲得するまでの生活の糧が必要になる。

どちらにしてもハイリスク。

国という括りがあって、その中に国民がいて、
国民の食料を確保することが、国家の責任であるとしたならば、
今まで以上に、次世代の農業従事者育成支援(人材への投資)に、
これまで以上の予算が配分されなければならないと私は考えます。

今回、私は二度目の農林水産省副大臣への訴えをしました。
一回目は自分の新規就農に当たって、
二回目は仲間の新規就農に当たってです。

私は、真面目に主張したいことがあります。
それは、

「新規で農業従事したいと思っている人は、
その役割と志をもっと農林水産省に訴えましょう。
如何に自分が日本に必要な人材かをPRしてください。
自信をもって!」

日本人は消極的過ぎます。
役人の横暴は罰せられるべきものです。

それは、市民活動家が騒いでいるような案件ではなく、
極一般的な、一見普通に生きている役人の職権乱用は、
極々日常的に行われています。

農業の世界でもそうです。

真面目な日本人は、その悔しさ糧にして努力しようとします。

でも、そのような努力は報われる事はありません。

たまたま、大きな力と利益が合致することがあった時に限って、
「報われた~!!」と勘違いするだけです。

いじめや差別、偏見は耐えても報われないのです。

それらは、その事実を明らかにして公表し訴えなければ、
決して報われる事はありません。

組織だけ作っても、集団で傷を舐め合っていても、
永遠にそのサークルが続くだけだと、私は自分の経験から
そう思っています。


「それは違う!間違っています!」

と在るべき権利を日常的に主張することが民主主義ですよね。

日本を変えることが出来るのは、政治ではなく、
私たちの日常に密着した暮らしの中にある営みです。
政治が変えてくれるのではなくて、
営みから政治が変わるのだと、私はそう思っています。

暮らしを護る為に政治があるのならば、
暮らしを護る為に努力しましょう。

私には、それが農業だったけど、皆さんの日常にも、
私の農業のような事が散らばっているのではないでしょうか。


私は、今回私が訴え出た農林水産省谷合副大臣に心から感謝します。
私の訴えを無視することなく、すくい取ってくれたからです。
どこの政党とか、そんな事は関係ないです。
政治は人の為にあるのだから。

私がどのような内容の訴えをしたかですが、

「せっかく一定の目的の為に予算配分されて行われている国家事業が、
地方の役人の偏見と怠慢によって正当に活用されていない事と、
事業に反する審査が行われている事」

を訴えました。

私の主張は大方認めていただき、自治体に指導を入れていただきました。

かなり長い文章で訴えたので、先ずは読んでもらえた事に感謝。
更には、早々にご対応くださった事に大感謝です。

もしかしたら、農業助成金全般を否定している人がいるかもしれませんが、
私の知識から言わせてもらうと、現行の助成金の事業の多くは、
既存の組織及び団体への助成がほとんどです。

しかも、それらは、既存の組織、人材で回されているといっても
過言ではないと思われます。

未来発展性のない組織へ多額のお金も流れています。
問題はその事にあるのであって、一個人が受けれる助成、
支援なんて数字的には微々たる物なのです。

問題は、個人に流れず、組織に流れるという点です。
これを改善しなければ、いつまで経っても格差はなくなりません。

これを突破する為には、相当な努力が必要です。

ただの世捨て人になるのではなく、この現実を理解した上で、
未来を歩む仲間を私は必要としています。

一人でも多くの仲間に出会える未来を楽しみに、
日々を努めていきたと思います。

まだまだ、課題大き我が身です。
今年は、初心に帰り農業への課題に取り組むと共に、
少し、自分の生活も整えて行きたいと思います。

ひとまず、今日はこの辺で。。

*誤字脱字をチェックする事できず、、、スマンです。



2017年11月15日水曜日

持続可能な取り組みにシフト。本年で東京青山ファーマーズ・マーケット出店を終了します。

12月16日(土曜日)17日(日曜日)の東京青山ファーマーズ・マーケットの出店をもって、ファーマーズ・マーケットの出店を終了しようと思います。

2016年は、全国商工会連の「小規模事業者持続化事業」の審査に通り、一年間定期的に出店することから、次につながる成果と視野を広げる取り組みをしてきました。
お陰さまで、幾つもの学びがあると同時に、出店しなければ出会わなかった人たちとも出会うことが出来ました。本当に有難うございました。

出店する度に買いに来てくれる人。
出店する度に遊びに来てくれる人。
出店する度に手伝いに来てくれる人。

沢山の人たちに囲まれて、毎度楽しい時間を過ごすことが出来たことは、
高知に移住後3年間引きこもっていた私からすると、大変ありがたい事でした。
人の渦に耐えられなくて、都会を離れ人のいない田舎に生活拠点を移した私ですが、
東京遠征時に、沢山の友人、知人の賑わいに恵まれたことは、本当に有難いことだなーと、感謝という気持ちは当たり前として、なんというか、人間である自分を通して、人の幸せの形を一つ垣間見る想いがしました。

ある意味楽しかったマーケットですが、12月をもって一度終了しようと思います。
理由について、少し書きたいと思います。

一年間マーケットに出店して思った事なんですが、
青山のファーマーズ・マーケットって、所謂露天商なんですよね。
そして、間口2mm程度の露天での売上の上限もおおよそ分かりました。

来年は、ホームページの強化と、通信販売の強化に努めようと思います。
先に情報を流して、情報を浸透させ、リアルショップは情報と現実をつなぐ限定窓口的な位置づけで展開していこう考えています。

加えて、高知県内及び関西エリアに出没する予定です。

青山のマーケットに出店しているとある意味オーガニックの世界市場を垣間見るんですよね。その時に思ったことは、日本は途上国だということです。
既にオーガニックの市場に参入している人は世界の市場を相手にしています。
その方がメリットが大きいんですよ。
環境と人の暮らしのバランスを取ろうとするとき、日本だけに執着する必要はないわけですから、当然あるべき思考だと思います。
既に私たちの生活には世界中の食が浸透しているわけで、それら全てを国内で賄おうとする事自体がナンセンスだとも思うんですよね。

流通が進化して、経費を上回る利益がでればいいわけですし、また、日本国内ないし日本人でなくても、世界中どこかしこでオーガニックの農作物が誕生し、それが活用される事は良い事ですから。

このような流れは当たり前に存在するわけです。
マーケットでは、そういった事がリアルに垣間見られるんですよね、、
日本のオーガニックないし自然農法の農家は、20年前の東南アジアの農夫と、もはや似たりよったりだな。。と。安く売らないと売れないような市場に貢献しているようにも見えます。日本人が日本でオーガニックの生産者になったとき、生産作物を安価で売っていたら潰れるのは時間の問題です。価格競争になれば、絶対に負けますから。
日本国内のオーガニック市場は厳しいですよ。
パイが少ない上に広げる政策に乏しいですからね。

では、どうしたら日本人が日本国内でオーガニック農作物で生き残る事が出来るのか?
この課題について考えるとき、私は3つの方法があると考えています。

一つは、海外の農家と契約して、欲しいクオリティーの農作物の栽培管理をする。
これってすごく魅力的ですよね。そもそも私は日本の常識や日本人的社交習慣が肌に合わないし、こんな冴えない国に縛られたくないなーとか思っているわけで、そういう私からすると、個人レベルでマイナーな海外の農家と繋がる事は興味の対象なんです。

日本国内の大手商社って、基本癒着じゃないですか。誰の知り合いとか、誰々をしっているとか、、大手に営業や挨拶に行くと必ず、「誰々を知っている」的な会話になって、私はその度にうんざりするんですよね。あっ、もちろん全面否定しているのではないんですよ。でも、まだお互いの話も進んでいないうちに「あの人知ってる、この人知ってる」とか話すって、なんか白けません?そんな事、ほぼどうでもいいから・・って思う。。

余計な事言ってますけど、これブログなんで許してね。

次の一つは、中身を強化する事です。
要は厚みを付けるの。例えば私の場合は生姜を作っているでしょ。
先ずは、農作物としての生姜のクオリティーを無駄かと思うほどのレベルまで上げる事。
次に、その個体情報をとことん開示する事。
次にその生姜の活用法を消費者の生活レベルで発信すること。
要するにミニマムに手厚く消費者をサポートするツールになることなんです。
これは国内でしかできないですよね。距離感が大事だから。
マニアな領域を満たす事なんです。

最後にこれね。一番の目的でもあり、最終目的でもあること。
私のイメージする自然農法ないしオーガニック農法の最終地点は、
暮らしと共にあることです。

生産者は生産者、消費者は消費者として存在し続けようとすれば、
当然ながら大規模農業が優位に立つ。
大規模農業が優位に立つということは、化学肥料や農薬を主とした産業が持続可能になるということです。これは否定できない。いくら化学肥料や農薬を否定しても、また、ワクチン漬けの畜産業を否定しても、消費者が万年消費者で居続けようとする限り、また、その割合が維持される限り、無くならないどころか増えるだけです。

真に自然を護り、暮らしを護ろうとするならば、そして、農薬を化学肥料を限界まで無くして尚、食料を維持しようと思うなら、一人が消費者と生産者の両方を担えるようにならないと無理です。

もっと簡単にいうと、無農薬、無化学肥料栽培で社会を満たそうとすれば、貴方も自分が食べる物を大なり小なり作らないと無理ですよということです。

「そんな事言っても現実的に無理」

と思う人、沢山いるのではない?

そうだと思います。もちろん分かります。
急には無理です。ただ、イメージしないとこれまた無理です。
だから、私は「一番の目的でもあり、最終目的でもあること。」
としています。

暮らしに農業がある社会にしなければ、
持続可能な農業は維持されないだろうと私は考えています。

「暮らしに農業がある社会」

とは、どのような社会なのか?
どのような都市設計が必要なのか?
山間地ではどのような取り組みが必要なのか?

私たちは、今から未来に向けて取り組んで行く必要があって、
唯一、日本の暮らしが維持される道だと考えています。


ということで、次なる取り組みにシフトしたいです。

雑談ですけど、正直東京にはしばらく行きたくない(笑)
何がどうって言うんじゃないんだけど、あまり行きたくないww
なんだろね。。時間がうるさいっていうか、、空気が張ってるっていうか、、、
何れにしても余りよくない(笑)

来年は、ど田舎の時間のツボに浸りつつ、仮想空間を通して発信しつつ、
内部強化に努めたいと思います。


12月16、17日をもって、ファーマーズ・マーケットを当面お休みです。
出来れば、今後行きたくないんで(笑)最後の出店にお越し下さいね~。